Stereotypes as mindcontrol factor

集団マインドコントロール予防授業“直前講習”3日目

「センター試験の日は天候が荒れることが多い」と言われていますが、今年も全国的にひどく寒い日に当たったようですね。
私はこの日、京都・三十三間堂の『通し矢』という江戸時代から続く弓道の催しを初めて見物してきました。主役は今年、晴れて成人式を迎えたばかりの新成人の出場者たちですが、紋付き袴や振袖姿で次々弓を引くその凛々しい様に、寒さも忘れ一日中、境内に立ちっぱなしで眺めていたら、せっかく治りかけてた風邪がひどくなってました(笑)。

翌日は知恩寺を参拝したのですが、この日は有名な『念珠くり』という、これもたいへん古くから続く行事日に折よく当り、楽しく参加させていただきました。お年寄りから子供まで輪になって一緒にソフトボール大の大きな数珠を念仏を唱和しながら隣の人へ送っていくと、遠い古の時代から現代まで無数の人々が繰り返してきた悲しみとその超克を想わずにいられず、自分は決して一人ではないんだという確かな安心感に包まれました。

知恩寺と通りを挟んだ向かいに京都大学のキャンパスが広がっているのですが、外柵に一際目を引く2メートル四方くらいの大きな立て看板があって「公安警察 立入り禁止」となぐり書きしてありました。バスの中からそれを見て思わず「京大生Good Job!」とエールを送りたくなりましたね(笑)。

2015年に東大駒場キャンパスに日本語教育能力試験を受けに行ったことがあるのですが、東大生は権力志向が強いためか、世の裏を見抜き誰がこの社会を狂わせ人々を不幸にしているかについて、京大生のような正鵠を射た立て看は東大では、お目にかかれませんでした。

やはり京都という所は本当に興味が尽きないですね。日本文化の奥深さを再認識させてくれます。
これから成人する皆さんも早く、彼らの様に自分が本当にやりたいことに打ち込めるようになるといいですね。
それでなくともテレビやケータイにマインドコントロールされて非生産的な集団ストーカー犯罪に明け暮れ人生の貴重な時間を無駄にする若者が蔓延している現代なのですから。

…と、ここまで書いておきながら、興醒めするようなことを言うのは申し訳ないのですが、実はここで語られる「京都」とか「京大生」「東大生」のイメージこそがstereotypeの典型なんですよね。つまり「京都」という名前を聞くと、しばしば「伝統文化」のイメージがセットでくっついてきますよね。この「セットでついてくる」ところがstereotypeの特徴です。では人間は何のためにstereotypeを抱くのでしょうか。

第2パラグラフで学んだschema(スキーマ)の説明には、
...within about 100 milliseconds we categorize people into groups based on salient physical attributes--like race, gender, or age
とありましたね。この100分の一秒ほどの高速で人をいろんな枠にはめて見るschemaの働きがstereotypeの元になっています。では、shcemaの働きが本人には意識されない速さで起こる特徴から、わかることは何でしょうか?

以前、人の脳は思慮深い「フクロウ脳 (prefrontal cortex)」が、他の動物と共通の原始的な「ニワトリ脳 (amygdala)」を包むように構成されていることをお話しました。親指が「ニワトリ脳」でそれを包む4指が「フクロウ脳」という譬えのやつです。(集団マインドコントロール予防授業 4時間目 http://cointelpromkultra.blog.fc2.com/blog-entry-72.html)。では、じっくり考える間もなく起こるstereotypeは、どちらの脳が関わっているかといえば、判断するスピードは速いが思慮に欠ける「ニワトリ脳」のほうでしょう。

ではなぜそんなに、せっかちになるのかというと、目の前の対象が自分に害をもたらす危険な者なのか利益をもたらす好ましい者なのかをできるだけ素早く判断したいからでしょう。しかし、スピードを優先するあまり正確さに問題があるのがstereotypeの特徴でもあります。

いよいよ第3パラグラフに入り、ズバリstereotypeの登場です。キーセンテンスを見てみましょう。

【慶應義塾大学総合政策学部 2017年度入試 英語 第Ⅲ問】
Withiout stereotypes, then, we would be overwhelmed by the information that inundates us.

If you had no way to organize or accsess your expectations about diferent types of people, you would be extraordinarily slow to form impressions of them.

Stereotypes help us make inferences, which means to make judgments that go beyond the information given.

さて始めの2文で「仮定法」が多用されているのに気づいたでしょうか。
we would be overwhelmed...
If you had no way...
you would be extraordinarily slow...

これは英語でsubjunctive moodといいますが、これに「仮定法」という日本語のネーミングをつけたのは明治時代くらいのおそらく東大あたりの英文法学者でしょう。しかし、このセンスがないというか、学習者が混乱してしまうような文法用語が曲者で、私が勝手に名前を変更していいのなら「空想話法」とか「バーチャル話法」って名付けるんだけどなあ、というお話を以前したのを覚えているでしょうか。

要するにsubjunctive moodというのは話し手や書き手が頭の中で「現実にはありえないことなんだけどさあ…でも、もしこんなことがあったら…」と、実現する可能性が極めて低いかほとんどないと思っている気持ちを込めた表現なんですね。
具体的な例でいうと「センター試験の日は天候が荒れることが多い」と聞いて、受験生が「じゃあセンターの日、大雪になったら…(どうやって試験会場に行こうか、など)」仮定するとき普通の時制と仮定法とどちらを使うと思いますか?
実は本来これは、しゃべっている人の考え方によるんですね。本土に住んでいれば1月に大雪が降る可能性は、地域にもよりますが、まずゼロではないでしょう。だから…
If we have heavy snow on the Center Exam day...
と通常の時制で仮定します。

ところが、もしこれが沖縄の受験生の会話だったらどうでしょう?
沖縄で雪が降ることはまずありません。私は父の転勤で小学生のころ沖縄に数年間住んでいたのですが、そのとき聞いた話では80年前くらいに一度だけヤンバルー(山奥)のほうで小雪が舞ったことがあるだけだとのことでした(笑)。
だから、そんな南国沖縄の受験生が「センターの日、大雪になったら…(試験なんか行くのやめて雪遊びしようか、など)」と現実にはありえないと思っていることを仮定するときは
If we had heavy snow on the Center Exam day...
というふうにsubjunctive mood(仮定法)でしゃべるはずなんですね。現実にはありえないんだけど(でも、もしも…)ということを前提にしてますよ、と伝えるのが英語の仮定法だというのは、確認できたでしょうか。

日本語の「~と仮定する」にあたる英語には2種類の表現方法がある
➀現実にありえると思っていることを仮定するとき⇒普通の時制を使う
②現実にはありえないと思っていることを仮定するとき➡ひとつ前の時制を使う(今の話なら過去形、過去の話なら過去完了形had+p.p.)いわゆる”仮定法”

ではstereotypeの説明に戻りましょう。
Withiout stereotypes, then, we would be overwhelmed by the information that inundates us.
ここで仮定法がなぜ使われているのか、もうおわかりですね。そう、現実には人間が「stereotypeなし」に情報を処理することはありえないんだけどさあ、でもね、もしstereotypeがなかったら…(どうなると思うよ?)という気持ちが込められているわけです。
つまり、あなたも私も初めて人に会った時、stereotypeを完全にオフにして相手を観察することは現実にはできない。それくらいstereotypeは根が深いとうことです。しかも普通の人は自分が抱いているstereotypeに気づかない。だからマインドコントロールに使われる。テレビやケータイを通じて皆さんを集団マインドコントロールしてる権力犯罪者側に都合のいいstereotypeを植え付けたり、書き換えたりすれば、皆さんを自覚がないまま権力犯罪者に都合よく行動するよう操れるからです。

よくある例では、警察官や官僚らが予算を必要以上に分捕るために、何の罪もない一般人に「右翼」だの「左翼」だの「テロリスト」だのというレッテルを貼り、さらに「危険人物」という印象を抱き合わせのセットに(stereotype化)して、一般大衆に「防犯パトロール」などと嘯き集団ストーカー犯罪をやらせていることは、今どきの小学生でも知っていることです。

 <ヒマな公安が考え出した“潜在右翼”とは?>

  (右翼の)街宣を聞いたり、庭で木刀の素振りをしたり、神社で祈ったりすることが「活動」と思われ、潜在右翼のレッテルを貼られる。
・・・高校の剣道部の人だって、学校で練習する分にはいいが、公園や家の庭で練習したらダメだ。潜在右翼かもしれないと内偵されてしまう。
『公安警察の手口』 鈴木邦男



  ・・・このようにリストアップした者を月に何度と決め、対象者が死ぬまで一生監視する。・・・対象者がどこへ引越しても、その地元の所轄警察署に引き継がれ、消されることはない。公安にしてみれば、潜在右翼を一人発見すれば警備部長賞がもらえ、実績はぐっと上がる。
『オマワリさんの華麗なセカイ』山下寛

(p.p. 106-109)

また公安警察が自分自身がやっている催眠強姦犯罪の容疑者をでっちあげ、罪をおし着せるためにも同様のマインドコントロール技法を使っているという報告もあります。(『ストーカーの正体は警視庁公安部』)

公安警察の監視(活動)対象設定目的

公安警察は、自身の活動拠点、活動根拠を確保する為に、それぞれの目的に適した、一般国民を監視対象者に定 めて活動を開始する。公安警察の監視対象者設定が承認されると、多額の予算、人員、機材、拠点(監視に使用する賃貸マンション等)の設定、警察のヘリ、車両、施設等の優先使用が認められる。
警察組織特有の予算着服ぼったくり体質に輪をかけて、公安警察には、監視対象者が大きな利権となる。
ミスさえしなければ犯罪が公認されている身分は、それだけでも特権中の特権である。
その公安警察が、様々な活動を行う為の拠点を得る手段として、監視対象者が利用される。

したがって、公安警察の監視対象者の選定は、活動しやすく、そこで活動が長期に継続できることが第一条件とされる。例えば犯罪には縁のない単身サラリーマンなどで、なるべく弱そうな者が選ばれる。犯罪常習者などは不適。すぐ刑事などに現行犯逮捕されてしまっては、活動がそれで終わってしまう。それでは利権にならない。本物のテロリストや危険人物では、公安自身にも危険が伴うし、仕事がハードになる。しかし、長期に監視対象にし、出来るだけ多くの予算を得る為には、テロなどの特別な危険人物でなければならない。

そこで、平凡な一般人を偽装「第一級危険人物」に祭り上げる工作が行われる訳である。
そう言う理由から、公安の監視対象者の周囲では、公安警察官によるでっち上げ事件や、監視対象者の仕業に見せかけて行なわれる事件が多発する。この種の事件の特徴は、すべてが未解決事件となる。実際の刑事事件であっても刑事には捜査させないので(犯人自身が捜査を担当するのだから)解決する訳がない。
そもそも、公安警察の活動から、自身の欲望による犯罪を取り除いたとしても、現行憲法下では、合法的な活動は、ほとんどない。こうした事情から、偽装「第一級危険人物」の監視拠点では、公安自身の欲望処理や組織の利益の為の犯罪が毎日のように行なわれているのである。公安の監視対象者設定の目的は、犯罪利権獲得である。

しばらく張り付いていれば、対象者が危険思想の人物かどうかすぐ分かるはず。
それなのに一般市民の範囲を出ない人間を[集団ストーキングの対象にして]長期監視して人権侵害、不利益を及ぼしている事実がある。

これで恩恵を受けているプロ市民や企業関係者もいる。
彼らは一般市民であるのに、被害者のプライバシーに必要以上に干渉し、 情報を共有しているため、「いやがらせ」とみられても仕方ないような「二次被害」が多数発生しているのが集団ストーカー。

『ストーカーの正体は警視庁公安部』



しかも、これら権力犯罪者の横暴を抑制するため善人が告発している真実の内容を、あたかも精神病患者の妄想であるかのように印象操作し、告発者を統合失調症にでっちあげて強制入院させ、犯罪の告発を無効にさせるのにも古くからstereotypeを利用した大衆マインドコントロールの技法が使われています。

さらに現代は、これに「HAARPなどの地震兵器・気象兵器」「人口削減計画」その他が加わり、万一真実が告発されても、同様の集団マインドコントロール技法を使って、「精神病者の妄想」にしてしまい一般大衆が信じないようにしていますよね。

では、これには具体的にどのような心理学の理論が応用されているのでしょうか?

ケリーがおこなった印象形成の実験…では、ターゲットの人物の印象が、実際にその人物を見て情報処理する前に与えておいたいわゆる「先入観」の情報に影響されることを示した。つまり、ある特定のスキーマを活性化させておくことによって、トップ・ダウン情報を操作し、ボトム・アップ情報の処理がある特定の方向へ誘導された。

…このように、人の第一印象は、前もって活性化されたスキーマによって左右されてしまうといえる。…つまり、他者の印象判断は、「良い人」のスキーマか「悪い人」のスキーマのいずれが活性化し、意思決定に強く影響しているかによって左右されるのである。もちろん判断した本人は、このような教示の影響力に気づかない傾向にある。ある破壊的カルトの場合、説得的なメッセージの送り手となる人物を、他の人が前もって最大限の美辞麗句をもって称賛しておくことをマニュアル化している。(p.p.78-80)
西田公昭 『マインドコントロールとは何か』


集団ストーカーの被害者の場合は反対にとんでもないデマを流されて風評被害で最低の前評価を受けることになります。上で紹介されている「ケリーがおこなった印象形成の実験」というのは社会心理学を学ぶ学生にとって非常に重要で一度は必ず聴いたことがある古典的な実験なんですが、今、我々が読んでいる今年の慶応大学の入試問題の第5パラグラフに、ズバリこの「ケリーの実験」が取り上げられ、The bottom line here is that advance reputations are hard to shake. .と結んでいます。

ちなみに西田公昭先生の 『マインドコントロールとは何か』ではこの実験について詳しい説明が紹介されています。

まず、ケリーの実験では、講師の印象が、「紹介のされ方」だけで大きく影響を受けることを示した。大学生の被験者は、経済学の授業で特別講師を招いたと告げられる。そして被験者は、講義が始まる前にその講師の紹介文を読まされる。あるグループの被験者が読まされたその文章には、講師の人柄について「非常に暖かい」という言葉を含めておき、別のグループのその文章には、「いささか冷たい」という言葉を含めておいた。その後、被験者はその講師の二五分のディスカッション指導を受けたあと、どういう印象をもったかについて評定させられた。この実験結果によれば、あらかじめ「暖かい」と紹介されたグループのほうが、「冷たい」と紹介されたグループよりも、その講師を好意的に評価したのである。(p.p.78-79)
西田公昭 『マインドコントロールとは何か』


これを見てわかるように、心理学の著名な古典的実験に馴染んでおけば、現在頻出の心理学テーマの長文を読むときスキーマが活性化され読解しやすくなること請け合いです。

ところで第3パラグラフでいきなり登場するstereotypeについては定義もなく読み手がstereotypeについてある程度知識があることが前提になっています。また直前の第2パラグラフとの繋がりもはっきりしていません。これは、おそらく出典の"Introduction to Psychology"(大学の心理学の教科書)のschemaの章とstereotypeの章をぶつ切りにして、それぞれ抜粋したものを並べたからではないかと思われます。さらに慶應SFCは長年ずっと超長文2題でしたが2017年度は3題になりました。しかし全体の語数は以前と同じくらいに抑えてあるので、1題ごとの語数制限がかなり厳しくなったためもあるとある思います。

ひとつのまとまった論文にするならschemaについての第2パラグラフの終わりかstereotypeについての第3パラグラフの初めに、橋渡しのような1文が欲しいところです。例えばですが、Such schema is, so called, stereotypes, which form the first impressions of someone you meet. などといった文があれば論理的に流れがよくなるんですけどね。

いずれにしても、「心理学」は英語や国語の長文問題の頻出テーマとして定着した感があります。これから大学受験を目指す方は、特にアメリカの大学のIntroductory level の "Psychology"や"Social Psychology"といった教科書を入手して興味のある章を読んでみることをお勧めします。アメリカの大学教科書はちょっと高いですが、読んでおいて絶対に損はないと思います。授業を受けるわけではないので最新版でなくてもいいから、ひとつ前の版を中古で買えばかなり安く買えますし、内容は最新のとそれほどかわりません。

なお今回、読んでいる慶応大学の入試問題もIntroduction to Psychologyという心理学基礎の教科書が出典になっています。他にもMcGraw Hill やPearson Educationなど定評のある大手教科書出版社が出している教科書を買えば付属のウェブサイトで無料で練習問題などもできます。
余談ながら医歯薬学部受験生はHealth Scienceの教科書を読むと、医歯薬系の大学入試によく出るトピックやキーワードについてのスキーマが豊かになりますよ。例えば…

Health
The Basics, The Mastering Health Edition
12th Edition
Rebecca Donatelle
http://www.pearsoned.co.uk/bookshop/detail.asp?item=100000000608962



Health Educationというのはカリフォルニア州では全大学で必修に指定されている科目で、どんな専攻の学生でも必ず取らなければならないのですが、私はとてもいい先生にあたって、ほんとうに楽しく勉強ができました。その先生は、たしか70代くらいだったのですが、まだ毎年トライアスロンに参加していてパワフルで健康そのもののアメリカ人スーパーじいさんで(笑)、留学生の私にもやさしくて親切に接してくれました(もちろんこれも私の「古き良きアメリカ人」のstereotypeですが )。このクラスでは、科学的根拠に基づいた、よい睡眠や運動、栄養の取り方、現代人に多い病気や心の問題、などなどを勉強したのですが、どれも健康に暮らすために必要な知識ばかりでした。この経験を踏まえて私が大学や塾で教えていた時、生徒にもよく健康の大切さを話していました。心と体が健康でなければ勉強どころじゃなくなってしまいますからね。

またCOINTELPRO(集団ストーカー)犯罪によって引き起こされる鬱病や自殺の問題、集団マインドコントロールの予防にも健康学の知識は欠かせないことは言うまでもありません。

"直前講習"4日目へつづく

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集団マインドコントロール予防授業“直前講習” 2日目

第2パラグラフに進みましょう。
第1文がキーセンテンスといえそうですが、この文は穴埋め問題[63]になっています。
As [63](1.of 2.with 3.regards) objects and events, we also use schemas and schemata processing in our encounters with people.

as of~(日時)で「~現在」「~の時点で」という熟語がありますが、ここでは意味が通りませんから1.ofに飛びつかないように。
カンマの後に"also"があるのに注目して、もしかしたら文頭のAsは接続詞、つまり二つの文をつなぐ役目かなと気づいた人は鋭い。
本当は下の[ ]内の部分があるはずなのですが、後の文とダブってるので省略されているわけです。 ちょっと字が小さくなりますが上下で対照が際立つように書いてみます。

As [we use schemas and schemata processing in our encounters] ( ? ) objects and events,
we also use schemas and schemata processing in our encounters with people.

よって問題[63]になっている( ? )には 2. with が入ります。
省略がある英文を読んでいて、この[  ]内の省かれた部分が自然に頭に浮かんでくるようになるまでは、面倒でも実際に省略された所を書き足して上下に並べて見る練習をお勧めします。なお、こういうことに、ネイティブじゃなくて日本人の英語教師を使うといいです。

As we use schemas and schemata processing in our encounters with objects and events, we also use schemas and schemata processing in our encounters with people.
これが¶2で一番イイタイコトですね。
スキーマは物事に対してだけでなく、人に対しても使われると言っています。具体例が続きます。

For example, within about 100 milliseconds we categorize people into groups based on salient physical attributes--like race, gender, or age--or by their relation to our own social identity--as in "us versus them."

salient physical attributesの具体例が3つ出てきますが、まず最初に「race」とあるところが、いかにもこれはアメリカ人が書いた文章だなという感じがしますね(笑)。アメリカに住んだことのある人はよくご存じだと思いますが、アメリカ人が人を見るとき一番最初に働くスキーマが「race(人種)」のなんですね。

この例で必ず思い出すのが私が留学したばかりのころ最初に仲良くなったアメリカ人クラスメート(白人)の女の子とおしゃべりしてたときのことです。学期はじめの授業が終わって一緒にお昼を食べながら、彼女が「ほら、あのクラスに黒人の男の子いたでしょう。彼、私の高校の同級生なの」というようなことを言うのですが、私はどの学生のことかさっぱりわかりませんでした。
そしたら「ええーなんでわからないのー!?黒人はあのクラスで一人だけじゃん!」と彼女。白人の彼女にとってus versus themは、当然「白人 vs. 黒人その他の人種」でしょうからクラスに黒人がいれば即座に人種スキーマが活性化すると考えられます。

でも、ほとんどみんな同じ肌の色、同じ目の色、同じ髪の色してる日本から来た私は、初めて見る人を肌の色で区別して認識するスキーマはありませんでした。だから「黒人」がクラスで一人しかいないことは全く意識してなかったわけです。それよりもアメリカに渡ったばかりでまだ英語力が十分ではない当時の自分にとっての us versus themは「(英語力が完璧でない)留学生 vs.ネイティブ学生」でした。だからクラスに留学生が何人いるかは、すぐに把握してました。

さて人種のつぎにはgenderが具体例に挙げられています。男性/女性というsalient physical attributesは国籍に関係なくわかりやすいですね。例えばどの民族でも一般的に女性は男性より髪を長くしているなどの特徴があり、だいたい一目で(within about 100 milliseconds)わかります。

実は人類に共通するこの男女スキーマの裏をかいて身を守ろうとした悲しいお話があります。戦前、満州や朝鮮、樺太などにたくさんの民間日本人が暮らしていましたが終戦間際にソ連軍(ロシア人)が突然侵略してきて、逃げ遅れた女子供たちが毎日毎日、次々にロシア人に集団強姦される時代がありました。それがどれほど凄惨だったかを物語る記事を引用します。

病院の玄関で大声で騒ぐ声にびっくりして、私は板でくくりつけた足をひきずりながら玄関に出て見て驚いた。十二、三歳の少女から二十ぐらいの娘が十名程タンカに乗せられ運ばれていた
それはまともに上から見ることの出来る姿ではなかった。その全員が裸で、まだ恥毛もそろわない幼い子供の恥部は紫に腫れ上がって、その原形はなかった。大腿部は血がいっぱいついている。顔をゆがめつつ声を出しているようだが聞きとれない。次の女性はモンペだけをはぎとられて下(しも)の部分は前者と同じだが、下腹部を刺されて腸が切口から血と一緒にはみ出していた。次の少女は乳房を切られて、片目を開けたままであったから死んでいるかもしれない。次もその次も、ほとんど同じ姿である。「ああ女とはこんな姿でいじめられるのか……」次々に病院に運ばれて行く少女を眼のあたりに見て、その非情なソ連兵の動物的行動に憤りを感じると同時に、道徳も教養も平和の中にのみあるのであって、一つ歯車が狂ってしまったら、そんなものは何の役にも立たないのだ……。一週間私はこの病院にいて毎日毎日この光景を見て、その無残、残酷さに敗戦のみじめさを知った。銃でうたれて死ぬのは苦痛が一瞬であるが、自分の体重の三倍以上もある毛むくじゃらの男数名になぶられた少女や娘等はどんな苦しみであったであろうか……医師の話では「十名に二、三名は舌を噛んでしんでいるんです。」

文藝春秋編『されど、わが「満州」』



そこで、かつて「黒髪は女の命」と言われた日本人女性が頭を坊主に刈って身を守ろうとしました。強姦しに来るロシア人が「女は男より髪が長い」というスキーマを働かせないように、男の様に髪を短くしたわけですね。この時代を描いた常盤貴子主演の映画『赤い月』にも母親が、まだあどけない少女の娘の髪を短く刈って男物の服を着せるシーンが出てきます。
しかし実際には…

ソ連兵の日本婦人への暴行は、すさまじいの一語に尽きる。それが十二、三歳の少女であろうと、七十歳近い老婆であろうと、そして、人前でも白昼でも、また雪の上であろうとも、そういうことは全く頓着しなかった。
女性たちは丸坊主になり顔に墨をぬり男装して難を逃れようとしたが、彼らは一人一人胸をさわって女であることを確かめると引き立てていった。(p.125)

「公然婦女暴行」は公然と、また当然のことのように行われ、犯行者は原則として、決して罪に問われることはない。被害者たる女性にとっては、被害を予防する手段もなければ、一たび襲われたときは、犯罪を防ぐべき警察もないし、公衆も存在せず、逃れる道はすべてとざされているのであって、まわりの者もこれを防ぐことのできない全くの無法の世界なのである。
それは限りない恐怖と汚辱と苦痛の連続であって・・・平和な時代に新聞の紙面に印刷された“婦女暴行”などとは、まったく次元の異なる世界なのである。(pp.202-203)

 若槻泰雄『戦後引揚の記録』



 私はこういう人生を送っていると外国人の友人もよくできますが、独身男性からは決まって「日本人の女の子を紹介してくれ」といわれます。(私が紹介してほしいくらいなんですが…)。またよく耳にするように、本当に世界中で日本女性はモテて、妻にしたい女性の人気No1といわれてますが、その理由をご存じでしょうか?「日本人の女はObedient(男の言いなりになる)からだ」というのが定番なんですね。

戦争を経験された世代の知識人の著述や映画作品などに異口同音に述べられているものに、「民族間で戦争する主要な目的のひとつに征服した民族の女性を性奴隷のようにすることだ」という指摘がありますが、上のような事実を耳にするたびに「日本人の敗戦は続いている」のだなと思い知らされます。

 また別の記事でも書きましたが、この抜粋を読んでロシア人による日本人女性への凌辱が、現代の悪名高い公安警察による催眠強姦及びそれを隠蔽するためのCOINTELPRO(集団ストーカー)犯罪と全く同じ様相を呈していることに気づく方も多いでしょう。公安・警察犯罪者に催眠強姦を受けた女性被害者数は全国で推定約3千人余りという情報もあり、例えば女優の中谷美紀さんやフィギュアスケートの有名選手などもその中に含まれているらしいですが、この犯罪で刑罰を受けた警察犯罪者については聞いたことがありません。

 すべての日本人女性に心して聞いてほしいことがあります。まさかのときに警察はあなたを守ってくれません。催眠強姦やCOINTELPRO(集団ストーカー)をやっているのが警察なのですから、守ってくれるわけがないのは当然でしょう。同じく集団ストーカーをやるような一般人らも守ってくれないのは言うまでもないでしょう。他人の人権なんかどうでもよく、チャンスがあれば自分も催眠強姦やりてえ、ぐらいに思ってるような連中ですから。

それから催眠強姦や集団ストーカー犯罪の事実を知っていてもトボケたり見て見ぬふりして、告発する勇気のない人たちも守ってはくれません。被害者を守ってくれるどころか、この卑劣な権力犯罪を告発する者を口汚く罵ったり脅したり、それこそ集団ストーカーの手口を使って隠蔽しようとさえします。警察官を含めそういう情けないオッサンを私は今まで嫌と言うほど見てきました。

これらは皆、自分に危害が及ぶのが怖くて集団ストーカーに逆らえない臆病者ですから、いくら強がったところで、いい年した大の男が、いざとなったら我先に逃げだすことでしょう。私のブログ記事下欄のclap(拍手)の数の少なさを見れば、現代の日本の男たちの臆病さがよくわかります(笑)。そういう意味では政治家であれ、裁判官であれ、官僚や警察であれ、マスコミ業界人であれ、有名人やタレントであれ、ほとんどの日本人のオッサンどもは、独裁者に支配されたまま抵抗できない北朝鮮の民衆と何ら変わりありません。

大学入試だけでなく高校入試にも文章が頻出する養老孟司先生も最近の著書でこう述べています。

ウェブ時代には地球全体が北朝鮮になる可能性がある…その兆候はポチポチ見えているような気がする。(p.130)

養老孟司『身体巡礼』



核搭載可能な弾道ミサイルが日本人の頭上を飛び交うようになった昨今、「日本をなめとる!いっぺん北朝鮮と戦争せんといかん!」なんて威勢のいいことを口走るオッサンもちらほら現れてますが、私などは「たかが集団ストーカー犯罪者にも逆らえない者がよく言うよ」と心の中で「ぷぷぷ」と笑ってしまいます。

とはいっても日本男児が昔からこんなに情けなかったわけではありません。戦前、戦中は「日本軍」といえば世界でも屈指の勇猛果敢な兵隊として世界中から恐れられていました。ロサンゼルスにはたくさんの日系人や日本人が住んでいますが、そのなかの知り合いの一人は、実際に日本軍と戦ったことがある元アメリカ軍の退役軍人にあった時、その老人が「あなたたちとは戦いたくなかった」と本音をこぼしたという話をされていました。それほど日本人は勇敢でアメリカ人からさえ怖がられていたということです。

それが戦後、よく知られた洗脳プログラム「War Guilt Information Program(WGIP)」で「日本人は野蛮な民族」という偽りのスキーマを植え付けられ、だから「正義のアメリカ人」が武力介入したのだ、と洗脳されたのをはじめ、連続殺人鬼の松永太や角田美代子らも使った「Learned Helplessness(学習性無力感)」で鬱や自殺者が以上に増加し、現在はHAARPなど様々な手口でアメリカ人その他により数十年かけて日本人がマインドコントロールされた結果、「たかが集団ストーカーにも逆らえず、女性を守れない臆病な民族」と世界から笑われるまでにおちぶれたのだと考えられます。これらの洗脳・マインドコントロールが解けるまで日本女性に真の安全・安心はないでしょう。だから「マインドコントロールとは何か」を一人でも多くの方が真剣に学んでくれればと切に望みます。

最後に、Learned Helplessnessから脱する方法のひとつに、「小さな目標を達成することを繰り返し自信を高める」というのがあります。毎日少しずつでもいいからマインドコントロールについて学習し、集団ストーカーをしない・させない・トボケないを繰り返せば、年間自殺者3万人以上、20年で60万人以上という狂った世の中も、ちょっとずつ、まともになるはずです。

実際、集団ストーカー犯罪の社会的認知について言えば10年前と比べ、ずいぶん、いい方に変わってきています。慶応義塾大学の塾生でなくても「ペンは剣よりも強し」を実践してCOINTELPRO(集団ストーカー)犯罪を言論で知的に告発するのに参加しませんか?そうすれば、幕末の志士や幕府の弾圧者がすぐに斬り合いをしたり暴力に訴えるのを非常に忌み嫌った福沢諭吉先生も、きっとお喜びになられることでしょう。

そしてこれは尊い命を奪われた犠牲者への供養にもなると思います。
催眠強姦、COINTELPRO(集団ストーカー)、集団マインドコントロールに関与する犯罪で殺された皆様のご冥福をお祈りします。

合掌

集団マインドコントロール予防授業“直前講習” 1日目

【慶應義塾大学総合政策学部 2017年度入試 英語 第Ⅲ問】

年末年始を故郷で過ごされる方も多いと思いますが、私も子供の頃、祖母の家があった山口県下松(くだまつ)市でよく正月を迎えました。わりと町中に太華山という観光名所にもなっている山があり、子供の頃ここら辺を通る際、父親がこんな笑い話をしてくれました。

其の昔、江戸時代に太華山の近くに、正確に天気を予想する婆さんが住んでいたそうです。(どうやら実在した人のようです。)そこで長州藩主の毛利氏が参勤交代で江戸へ上るのに、この婆さんを連れていき道中で天気予報をさせることにしたそうです。大名行列が雨支度をしなければならないとき、天気が悪くなるのを前もって知っておいた方が準備が楽だからですね。
さて大名行列が長州を発ち遥か長い道のりを江戸へと向かっている途中、なにやら雲行きが怪しくなりました。いよいよこの婆さんの出番になり、天気がどうなるかを聞いたところ、婆さんはこう言いました。
「太華山はどこにあるんですか?」
なんとこの婆さんは太華山にかかる雲の様子を見て下松地方の天気を予想する名人だったのです!チャンチャン。

このお話の面白いところは解説するまでもなく、「太華山」はどこでも見られるものと思っていた婆さんの、ほのぼのさにあります。でも我々現代人は、ほんとうにこの婆さんを笑う資格があるでしょうか?
天気の予測ひとつとってみても、テレビや今はケータイ様に丸投げして自分の頭で考えることなしにテレビやケータイ様の言うことを鵜呑みにしているのではありませんか?
もっと言えば前回の集団マインドコントロール予防授業“夏期講習”で学んだ「常識」の多くは、知らない間にテレビやケータイ様から吹き込まれたものではありませんか?
最悪な者は、集団ストーカーのやり方から、その行為を咎められたときのトボケ方(「被害妄想だ!」とか「証拠はあるのかッ!?」などなど)まで、全部ケータイ様に決めてもらって、ただそれを忠実に実行するだけのも最近多くなりましたよね?まさに集団マインドコントロールにかかった権力犯罪の家畜みたい。(笑)

山口県の酪農牧場の関係者から聞いたのですが今は牧場の牛たちも耳に取り付けられたICチップ入りタグから電気信号を受けて、エサの時間とか、小屋に戻って寝る時間になると指定の場所に自分で移動するように「conditioned(条件付け)」されて管理されているそうです。ケータイ様から送られてくる「電気信号」の指示通りに一生、集団ストーキングをやって、それが人類を自滅に導く行為とも気づけないまま死んでいくだけの皆さん大勢を観察していると「人類家畜化計画」は本当にあるんだなあと納得させられる今日この頃です(笑)。

それに比べれば太華山の上空の空模様をウン十年にもわたり観察して天気の変化パターンを自分の頭で割り出すことができた婆さんのほうがよっぽどすごいのではないでしょうか?
どこに行っても太華山が見られると思っていたのは、自分が生まれたところから半径30㎞以外に出ることなく一生を終えるのが普通だったこの時代の庶民には珍しいことではなかったのかもしれませんし、少なくともこの婆さんには下松地方の天気が予報できれば十分だったわけです。

実はこの婆さんの天気を予測する情報処理プロセスが今回、学習するstereotypeの基礎となるschematic process、つまりtop-down thinkingにあたります。

では
¶1のキーセンテンスを早速見てみましょう。
Schemas and schematic processing permit us to organize and process enormous and potentially overwhelming amounts of information very efficiently.

Instead of having to perceive and remember all the details of each new object or event, we can simply note that it is like one of our preexisting schemas and encode or remember only its most prominent features.

語数に制限がある入試問題用の文章ですから冒頭パラグラフでいきなりキーワードがいくつも飛び出してきます。
まずschematic processやtop-down thinkingとは何のこと?
The process of searching in memory for the schema that is consistent with the incoming data is called schematic processing, or top-down thinking.
とありますが、そもそもschemaってなんだったっけ?これらのキーワードについて自分の頭の中できちんと定義ができていないと正確に読み進められません。でも"schema"の説明にしても一行しかありませんね。
(Such)representations or memory structues are called schemas.
ほんとうは"schema"の定義だけで1パラグラフ丸々かそれ以上あってもいいくらい重要な概念なんですけどね。ここは急がば回れで、「マインドコントロール研究の教科書」と評判の高い専門書の説明を引用して確認しておきましょう。

 意思決定という個人の内的な活動には、二種類の情報を常に利用している。…ボトム・アップ情報とは、情報処理時に五感を通じて外界から取り入れる情報のことである。つまり、意志決定中に、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、皮膚感覚によって処理される情報のことをさす。一方、トップ・ダウン情報とは、それまでに前もって獲得されて記憶構造の中に貯蔵されている情報のことである。それは、つまり意思決定中に処理される「知識」や「信念」をさす。なお、心理学用語では、これら後者のトップ・ダウン情報を「ビリーフ」(belief)という。(pp.58-59)

…ビリーフとは、ある対象(人や事象)と、他の対象、概念、あるいは属性との関係によって形成された認知内容のことをさす。…「信念」だけでなく「知識」「偏見」「妄想」「ステレオタイプ」「イデオロギー」「信条」「信仰」などがそれにあたる。人は、こうしたビリーフをさまざまに多く所有し、自らの経験に即して整理し、構造化して、システムを形成しているのだ。(p.74)

…人間は、五感によって得ている情報(ボトムアップ情報)を、自分のビリーフ(トップ・ダウン情報)に照らし合わせて、ある判断や決定を下している。

ビリーフ(記憶構造)
  | トップ・ダウン情報
  ↓ 
意志決定の作業
  ↑
  | ボトム・アップ情報
五感(目・耳・鼻・口・皮膚)

 ビリーフ・システムは情報を満載した図書館のようなものであり、一つのビリーフが一冊の本である。そしてビリーフの構造化とは、図書を分類して書架に並べるようなものだ。…図書館利用する人は蓄積された、膨大な図書の中のいくつかの書架から、必要ないくつかの本だけを利用する。人間のトップ・ダウン情報の処理でも、ビリーフ・システムのうちのごく一部のある「まとまり」をなしたビリーフの群が用いられている。そのまとまりのことを、心理学の用語では、「スキーマ(schema)」と呼んでいる。
 スキーマという概念は、研究者によってその用い方にやや違いがあるが、私は、いま述べたように、記憶構造内の膨大な情報を構造化したビリーフ群のことを示す概念と考えている。いうなれば、それはある特定のテーマに基づいたデータの集積であり、ある特定の何かを考えて判断するために必要な構造であると考えられる。

…なぜ個人はスキーマをつくっているかといえば、おそらく意志決定という作業を、的確に迅速に処理するためであろうと考えられる。…われわれの思考という作業は、まず、適切なスキーマを探し出すことにあるのだ。…図書館に譬えれば、役立ちそうな書架の前に立って本を見つめているようなものだ。これをスキーマの活性化という。(p.78)

西田公昭『マインドコントロールとは何か』



スキーマという概念が、人の認識プロセスを理解するうえでとても重要なカギとなることを、なんとなく感じてもらえたでしょうか。
最も根本的なところから、おさらいしますと、人間は例えば何か「物」を「見た」ら、100分の一秒くらい(数字は適当です)の超高速で自分の記憶の中にあるデータから「似ている物」を検索するんですね。4本の棒の上に板が載っている物体を見る(ボトムアップ情報)。すると、頭の中でそれと似た物体のイメージが瞬時に、そして無意識に検出される。そのとき「机」という言葉も同時に浮かぶことも多いでしょう。
こうして目の前の物体が「机」だと認識しているんですね。

ある仏教の専門書で読んだのですが、そういうわけで、生まれつき盲目の方が手術などで目が見えるようになったとき、一番最初に何が「見える」かというと、実はただの光しか見えないんだそうです。生まれてこのかた記憶の中に「物体」のスキーマが全く蓄積されてないわけですから目の前に机があっても机と認識されないわけですね。

これほど極端な例でなくとも、夏になると家の周りなどに、ぼうぼう生えてくる緑色の細長い物体がありますよね。そう、「草」とか「雑草」と呼んでいるものです。
でも、昭和天皇は優秀な植物学者でもあられたので、侍従らが「雑草」と言うと、「雑草という名前の植物はないんだ!」と怒られたそうですね。草の一本一本にちゃんと名前があるというわけです。
しかし我々一般人の頭の中には、道端に生えている、ただの緑色の植物ひとつひとつの種類を見分けて認識できるほどのスキーマは蓄積されていないので「雑草」という雑な認識レベルで終わってしまうんですね。

冒頭で紹介したお話に戻りますが、山にかかる雲の様子を見て天気を当てる婆さんも、毎日刻一刻変化し続ける雲の形状を分類して「これから雨になるときの雲の色・形」とか「翌日は晴れるときの雲の色・形」などといったスキーマを持っていたんでしょう。でも私も小さい頃、野原に寝っ転がって、ただなんとなく雲がちょっとずつ形を変えながら流れていくのを30分くらい飽きずにジーッと見たりした経験がありますが、とにかく雲の色・形は千変万化ですから細かいところまで見て全て記憶する(perceive and remember all the details of each new object or event)のは不可能です。

だから婆さんは、例えば「雨になるとき」の雲を見て、毎回それぞれに現れるパターンの細かい違いは捨象して、大まかな特徴を覚えていったのでしょう。これが¶1の本文のキーセンテンスにある説明で言って情報処理プロセスのことですね。↓
simply note that it is like one of our preexisting schemas and encode or remember only its most prominent features.
ところが、この婆さんの頭の中の「山」というスキーマは、イコール、下松市にしか存在しない「太華山」になってしまってたのが笑い話なのでした。

この脳の情報処理プロセスは、欧米の学者が大発見したかのように思われていますが、実は仏教徒は既に2千年以上前から知っていて、千数百年前頃には唯識派が既に理論体系も完成しているんですね。ちなみに、記憶の中にある似たような物体を探し求める、この脳の働きを、唯識派仏教では、尋ね求める心と書いて「尋求心(じんぐしん)」といいます。

ついでに言うと、欧米や日本ではフロイトが「無意識」を発見したことになってますが、それより千数百年も前に唯識派仏教は阿頼耶識や末那識として、通常は意識できない意識を理論化しています。私がアメリカの大学で教わったZeuschner教授について前回ご紹介しましたが、先生が東洋哲学のクラスで阿頼耶識や末那識はフロイトより2千年ちかくも古いという話をされたところアメリカ人学生たちは皆、ポカンとあっけにとられたような顔をしていたのを思い出します。

スリランカに滞在した際にも、英語圏の大学で教育を受けられたスリランカ人の識者のお宅に招かれ、いろいろなお話をおうかがいしたことがありますが、「仏教は宗教ではなく科学だという主張が世界の学者の間で聞かれる」ことをお伝えすると、先刻承知というように大きく頷きアインシュタインも「将来、近代科学と融合できる宗教があるとしたらそれは仏教だろう」と述べたらしいことに触れ、「仏教に比べたら西洋の科学は幼稚園レベルだ」と断言されていました。ちなみにアインシュタインの相対性理論を本当に理解できる人間は世界に何十人も存在しないと聞いたことがありますが、これもやはり相対性理論を考える基礎となるアインシュタイン独特(特に時空の捉え方)のスキーマがそもそも我々一般人の頭にはないからでしょう。

他にもマレーシアで国立モスクを訪ねたとき、付属の図書館で訪問者からの質問を受け付けている係員にうかがったお話ですが、特に建築学や化学などにおいて歴史的にはイスラム圏の学問のほうが西洋より数百年も先行していて、ヨーロッパの白人らは後からそれをマネして取り入れて今、大きな顔をしているそうです(笑)。例えば世界史の試験によく出るイスラム寺院の「Minaret(ミナレ)」など高い建造物を何百年も安全に建てるには高度な技術が必要なため、近代にも通じる建築学がイスラム圏で早くから発達したということです。

日本人の皆さんのなかには、白人のほうがアジア人(日本人)なんかより何でも進んでいるはずだと信じ(信じ込まされ)ていて、このように仏教のほうが西洋哲学や脳科学より遥か千何百年も早く進んでいるなんて事実を聞かされると、意外に思う人も多く、にわかには信じられないのではないでしょうか。これぞまさに明治維新以降百数十年、白人らにかけられてきた集団マインドコントロールの顕れといえるでしょう。

では、そのマインドコントロールとは一体どんな仕組みで、できているのかを、「私は家畜なんかじゃないぞ、バカにするな」と思う方は、ぜひ自分の頭で考えながらご一緒に学んでいきましょう。

”2日目”に続く

で、 夏期講習 4日目


読解問題が全部終わったところで、今回の"common sense" & "The Ultimate Game"のまとめに入りましょう。

ひとつめの重要テーマ"common sense"は日本語で「常識」と安易に訳されることがほとんどでしたが、小学校の理科や算数みたいに「どこの国の小学生でも知ってるような普遍的な知識」と言う意味での「常識」とは違うというのは、もう大丈夫ですね。
ここで英英辞書を確認してみましょう。

common sense:

sound and prudent judgment based on a simple perception of the situation or facts (Merriam-Webster)

the ability to think and behave in a reasonable way and to make good decisions (FreeDictionary.com)

i.e. You really should go to see a doctor if your leg hurts that much. It's just common sense!

このように英語の解説をみてみるとcommon senseが文字通り"sense"(感覚・判断力)の一種だというのがよくわかりますね。どちらかといえば"common sense"は「空気を読め」なんていうときの「空気」に近い感じかもしれません。
でも結局、英語は英語、日本語は日本語で完璧な翻訳はなかなか難しい。以前、海外で日本語を教えていた時、教授法の勉強のためにいろんな教科書を読んだのですが、英語圏の人が書いた有名な日本語文法書(注:解説は全部英語です!)に、日本語の助詞について面白いことが書いてありました。

日本語の助詞(たとえば「で」)の意味について一生懸命、英語でいろいろ解説しているのですが、最後に....but, "De" is just "De."みたいなことが書いてあるんです。 結局「で」は「で」という意味で、英語にはできない。だから日本語を使いながら「で」の意味をつかむしかないんだ、と。たしかに日本語の「を・に・まで・が・より・から・で・へ・と」(「鬼までが夜からデート」、と覚えます)という助詞の機能をそのまま持つ英語はないのですが、この著者はほんとうに外国語の勉強の難しさがよくわかっていて、知ったかぶりせずとても正直に伝えているなあと思ったものでした。でも難しいからこそネイティブの感覚が掴めたときのうれしさもまたひとしおで、それが外国語学習の醍醐味でもあります。

というわけで、語彙力を問う[22]をもう一度振り返ってみましょう。

[22] Which of the following best paraphrases the statement“Common sense does not reflect on the world”in the 3rd paragraph?

1. Common sense does not “think” deeply about why the world is the way it is.
2. Common sense has nothing to do with the way we interact with the world.
3. Common sense is not good at representing the real world.
4. Common sense often contradicts the way in which the world really operates.

"reflect"という動詞の「基本イメージ」が掴めれば、この問題のリード文のreflect onの意味も類推することができるかもしれません。やってみましょう。

reflectの代表的なdefinitionsを拾ってみました:
1.  hit a surface, and then quickly move in a different and usually opposite direction
i.e. The light reflected off the mirror.

2. to show the image of (something) on a surface
i.e. The clouds were reflected [=mirrored] in the surface of the lake.

3. to show (something) : to make (something) known
i.e. Where you learned a language is reflected in your accent.

4. to think carefully about something
i.e. You should take some time to reflect before you make a decision.

問[22]のreflect onは、この定義4. think carefully about somethingの意味で使われているのですが、1から4の意味をつなぐ「refelctの基本イメージ」は掴めるでしょうか。
1から3までは日本語の「反射する」とか「映す」のイメージにかなり近く、水面とか鏡とかスクリーンに映る像をイメージすれば、まとまりやすいですね。でも、そこから4の「じっくり考える」にどうつながるかがちょっと難しいでしょうか。

では1から3と4の間の溝を埋めるために、ちょっと古いですが、98年度センター試験第六問のいわゆる小説問題に使われているreflect onを引用してみましょう。

Here, he thought, was a place he could come to when he needed to reflect on the past.

これは、どんな話か知りたい人のために『無駄なブログの書き方』という記事の解説を紹介したいと思います。なお、この方はご自分で昔のセンター試験の小説問題にランキングをつけ、その第1位に既述の1998年度『ある老人のひそかな息抜き』を選んでいます。

フレッドは妻が亡くなってからは
娘の家族と暮らすようになった。
しかし、フレッドは1人になる時間が欲しかった。
そこで、あえて魚のいない川へ釣りに行き、
静かな時間を過ごしていたのだが―――。

センター英語・第6問の最高傑作『フレッドじいさん』である。
ストーリー全編に漂うフレッドじいさんの
静かなる妻への愛が、とにかく素晴らしい。
この読後感は名作を読んだ時にしか味わえないもの。
長文問題という粋を超えて
1つの作品として完成してしまっている。
確か、予備校の講師として有名な竹岡広信先生も
この話は絶賛していた。



センター過去問は無料ウェブサイトで比較的容易に見られますし、教学社のセンター赤本にはまだ98年度の過去問も載っているようですので、是非読んでみてください。帰国生や、超ハイレベルの大学を狙う受験生はセンター試験なんて簡単すぎるとバカにする人が多いのですが、速読訓練用にワードで語数を数えて読解・解答時間を計り1分に何語読めて何%正解できたか表にしてみるという使い方もあります。さすが莫大な予算と日本国の威信をかけて(笑)作っているだけあって、英語のセンター試験問題も、やればやるほど英語力がつくよう教育的配慮に富んだ良問ばかりです。長年、英語教育にあずさ割った経験から言って、問題を丸ごと覚えてしまうくらい繰り返しやっても損はないと思います。

さてフレッドじいさんが独りになれる場所を探し求めたのは「reflect on the past」つまり過去を振り返り、見つめるためでしたが、この情景描写がうまい具合に釣りをしてる小川のよどみの「水面に映る(reflect)」風景とフレッドじいさんの回想(think deeply)が絶妙に重なりあっているようです。私は授業などでこの物語を繰り返しやったおかげでreflect onの、一見多義的にみえるイメージをうまくつなげて覚えることができました。

少し脱線しますが古今東西、鏡だとか水面だとかいった、人の顔や景色をくっきり「映す(reflect)」ものに人間は神秘的な力を感じるようですね。"Snow Withe(白雪姫)"の有名なセリフ Mirror mirror on the wall (鏡よ、鏡…), who is the fairest of them all?も鏡に向かって語りかけています。そういえばSnow Whiteもまた性悪オバハンの「嫉妬」の物語でしたね(笑)。

Snow white, the Queen and the Magic Mirror 1
https://www.youtube.com/watch?v=mqmIMvWnIV8

また日本の天皇家が古代から現代まで引き継いでいる三種の神器のひとつは鏡ですし、人が死んだあと行くあの世の入り口で閻魔大王が我々一人一人の生前の行いを調べるために、すべてを映しだす浄玻璃も鏡の一種です。他にも、昔から人は死ぬとき過去の出来事が走馬灯のように浮かんでくるといいます。

・・・そんなこと英語の勉強や受験には関係ねえだろうと思う人も多いかもしれませんが、今年2017年度の獨協大学の英語の入試問題は「臨死体験」を扱っています!救命救急医療の発展で蘇生する者の数が増え、その結果、蘇った人からの臨死体験報告も多数集まるようになって現代では心理学の研究対象にもなっていますが、やはり、一生の出来事や関わりあいのあった人々が現れて、これまでの人生を振り返るような体験をしたという報告は民族、文化を問わず定番のようです。唯識派仏教でいう平等性智はこの現象をいっているのでしょう。

以上、reflect "on"するものの話をいくつか挙げてみましたが、それぞれ共通することがあるのにお気づきでしょうか。これらすべて、鏡やスクリーンのような物にいったん世の中や自分のことを映し出させておいて、一歩引いて第三者目線で自分自身を見てると思いませんか?目にゴミが入ったとき自分の目(眼球)で自分の目(眼球)は見られませんよね。ですから鏡にいったん映してから見るのに似ています。

実はこの「一歩下がった目線」が最近アメリカ心理学会でmindfulnessという名で紹介され鬱やPTSDの治療にも取り入れられている仏教の瞑想の一手法だったんですねMindfulness for COINTELPRO victims (http://americanobotsuraku.blog132.fc2.com/category22-1.html)。 このmindfulnessトレーニングの優れているところは西洋の精神医学はabnormalからnormalの精神状態にすることしか視野に入っていなかったのに対しmindfulnessはnormalからさらにwell-being(もっと善い状態)にまで精神を引き上げることも目指せるという点です。薬物療法のように副作用もなく効果も持続する点も注目されています。

abnormal --> normal --> well-being
[ psychiatry ]
[ ----- Budhist meditation ----- ]

今回、勉強したThe Ultimatum Gameの考察で見たように、例えば嫉妬などという感情は、誰でもなかなか自分では気付かない、認めたくないものでしたね。だから何か他の概念にすり替えて誤魔化しているわけですが、まさにこれが集団ストーカーはマインドコントロールされていても自分で気づかず、治らない原因でもあります。でも「一歩下がった目線」で感情に巻き込まれずに自分自身を見つめなおすことができるようになれば「あ、今、自分は嫉妬してるんだな」ということも客観的に観察できるようになります。自分に嫉妬心があることに気付いて、それを誤魔化さなければ、嫉妬そのものはすぐに消すことはできなくても、自分の嫉妬心につけこんで集団ストーカー犯罪などに協力させようとしている権力犯罪者のマインドコントロールに気づきやすくなります。またHAARPやVoice to Skull, LIDAなどといったマインドコントール用ハイテク凶器を使用された場合も異変を察知しやすくなるでしょう。

マインドコントロールへの抵抗と防衛、そして現代社会
(14)重要な評価や判断をするときには、少し冷めた目で、一歩さがってみつめ直そう。策略をめぐらす人との接触においては、感情移入しないことが肝心。
(17)人は一般になれた情況では自動的に行動してしまいがちである。いつも自分が置かれている情況で、自分がやっていることに注意深くなろう。
西田公昭 『マインドコントロールとは何か』



では自分自身の心をreflect onするには何が必要なのでしょうか。まず、五感から強い刺激が絶えず流れ込んできている状態ではとても無理ですよね。だから瞑想ではよく静かな場所で目をつぶって坐ったりすることで外からの刺激を極力減らすわけですね。
また他人との接触を断つことも大事でしょう。人といるとどうしても自分がどう見られているか、あるいは自分をどう見せたいかということに気がいって、正直に自分の心を見る余裕がないのが普通ですからね。

物理的に独りになることは難しくても、精神的に「独り」になれればよいでしょう。だからカウンセリングや心理療法というのも対話が基本なんですが、しかしカウンセラーが「あなたの心理は・・・なんです」とか「あなたの性格は・・・だ。だから・・・しないといけません」というんじゃなくてクライアントが自分で自分を振り返って自分で自分の問題に気づくように仕向け、手伝ってあげるのがカウンセラーの役目だと、私は大学の授業で習いました。

余談ながら大学の心理学部を卒業するとき大学院のカウンセラーの資格取得コースに進むように大学の先生から随分勧められたのですが結局、行きませんでした。アメリカで心理カウンセラーになれば、かなりの高給が保証されるはずでしたが、「自分は自分自身のカウンセラーになれればそれで十分だ」と思ったので・・・。

学校の勉強や受験でも似たようなことが言えると思います。他人と成績を比べて一喜一憂する生徒や親が多いものですが、大切なのは自分がこれまでどれだけ成長したかではないでしょうか。比べるなら一年前の自分と今の自分を比べ、どれだけ伸びたか、あるいは昨日の自分より今日の自分のほうが成長しているかが大事ですよね。

さてそろそろ夏も終わることですので、このあたりで“独り”夏期講習も中締めをしたいと思います。

次回、機会があれば今年2017年度の慶應SFC総合政策学部の英語第三問「stereotypeとschema」を扱った長文や同じく2017年度東京大学の英語第一問「国民性というステレオタイプの問題性」などをまたご一緒に勉強出来たらと思っています。

皆様の勉強とマインドコントロール予防の何か参考にでもなれば幸いです。


つまらないものですが、夏期講習 3日目

最後にGnau族の「贈答文化」にもう少し触れておきましょう。贈り物をもらったら必ずお返ししないといけない"reciprocity"がその特徴です。
だからUltimatum Gameで、もし何十ドルも受け取ると、西洋人には嬉しい“a free money”なのに、Gnau族にとっては、いずれ返さないといけない“unwanted obligation(ありがた迷惑な負担)”になってしまう。
そこで半分の$50よりたくさんの金額を提示されても拒否する人がいて、それを見て西洋人は、はじめ驚くわけですが、背景にこんな文化的事情があるというのがわかったら納得できると言っています。

実は日本文化にもこれと共通する慣習があるんですね。お歳暮に超高級な菓子折りを差し出すときでも「つまらないものですが」と言って渡したりするのがそれです。あと、記念品なんかの袋に「粗品」と書いてあるのを見かけることもあるでしょう。
粗品ってチャチな安物という意味ですね。それを人にあげるプレゼントに書いておくことは我々日本人には見慣れたもので別に奇異ではありませんが、でも、ちょっと考えてみてください。まさか外国人が人に贈り物するときに「アー、コレ100円ショップでカッタ、メイドインチャイナのヤスモノ、アナタにアゲル」とは言わないでしょう(笑)。

やはりこれは日本人文化に独特な慣習のようですが、なぜ大切な人への贈り物を自分で貶すのでしょうか?
もう20年以上前のことですが学生時代、東京外大の先輩が書いた論文に、この疑問に見事に答えてくれたものがありました。曰く、日本人にも贈り物をもらったら必ずお返ししないといけない"reciprocity"があって高価なものをもらえば高価なものをお返ししないといけない。だから、もらった相手が負担に感じないように、あげるほうは予めこう言っておくわけです、「これは捨ててもいいくらい、つまらないもの、安物なんですよ。だから何か高い品物をお返ししなきゃなんて思わないで、気楽に受け取ってくださいね」と。そんな細やかな気づかいと思いやりに満ちた言葉だったんですね。

余談ですがこの先輩は女性で、外大卒業後、東京大学の大学院博士課程まで進んだ、たいへんな才女ですが、私たちに対しては弟妹の面倒見のいいお姉さんみたいな存在で、その論文にあるとおり、よく気が利いて、思いやりのある、やさしい人だった思い出があります。

いっぽう「近頃の若いもんはあ…」じゃありませんが、平成生まれの人と接してると、このような日本人の美徳も世代が下がるにつれ、だんだん廃れてきたなという感は否めません。

それでも災害など危急の事態が起こったときは日本人の「思いやり」が顔を出すのを目撃された方は多いのではないでしょうか。
Fukushimaでは今でも復興ボランティア活動が続いており日本全国から毎週途切れることなく有志が集まって貢献しています。
私も都合がつく限り参加していて、他の方と交流する機会もよくあるのですが、遠くから参加されている方の動機をおうかがいすると日本は災害列島なんだから、「明日は我が身」「お互い様」というような言葉をよく耳にします。まさに見ず知らずの他人でも助け合う「思いやり」ですね。

若い被災者にも、それに答えるかのような人もたくさんいます。昨年、地元の高校の文化祭の展示を見に行ったのですが生徒たちが書いたメッセージを読むと「震災のとき世界中の人たちから助けてもらった。だから将来、人を助ける職業になりたい」といった内容のものを多く見かけ、とても感動しました。

またつい先日のことですが、盆休みが終わり東京からFukushimaへ戻るバスの中で、この記事を書くために、上のようなことを思い出したりしながら考え事をしていると、途中トイレ休憩で止まったパーキングエリアで、ある文字がふと目に飛び込んできました。
大きな駐車場では、建物から一番近い駐車スペースに身障者など優先用に車椅子マークがついた駐車スペースがありますよね、そこに白字で「おもいやり」と書いてあったんです。

これも日本人が誇る文化だなあと思いました。たしかにアメリカにも身障者優先駐車スペースはあるし、おそらくこれはもともとアメリカから日本に入ってきたものでしょう。でも、違うのはアメリカの場合、一般者がそこに止めたら高額の罰金を取られる、だから普通アメリカ人は止めないだけで、裏を返せば罰金でも科さないときちんと守らないということでしょう。

いっぽう日本人なら罰金なんて下衆なこと言わないで「思いやりの心」に訴えようよというわけです。素敵だと思いませんか。私の知る限りアメリカ人でも、こういう考え方を知ったら「おもいやり」のほうが素晴らしいと考える人が多いんじゃないかと思います。嫉妬が起こらなければ、ですが(笑)。

でも留学中、私の自転車を盗まれたことがあったとき、アメリカ人の友人の友人(よって直接、面識のない方)が、使ってない自転車があるからあげるといって、随分高そうな自転車を頂いたことがあります。いくらかお礼したいと言ったのですが「要らなくなったら、また誰か次に必要な人にあげてくれれば、それでいい」とお金は受け取られませんでした。留学を終えアメリカを去るとき、言われたように私もその自転車を欲しい人に無料で譲りましたが、これなどはアメリカ式「助け合い」の精神といえそうです。

¶9の最終文で言っているのもだいたい同じことです。
...once they (= understandings about how the world is supposed to work) have been accepted, their commonsense logic works in exactly the same way as ours does.

そして最後に残った問[28]は上の文のパラフレーズを探すと答えが見つかります。

[28] According to the article, which of the following is true about commonsense principles?
1. Commonsense principles such as fairness and reciprocity are universally accepted not only in industrial societies but also in preindustrial societies.
2. Commonsense principles of preindustrial societies will eventually be replaced by those of industrial societies.
3. Commonsense principles of preindustrial societies and those of industrial societies are both equally functional in their own societies.
4. Commonsense principles are deeply rooted in all kinds of human knowledge, including formal knowledge like science and mathematics.

正解は3ですね。

"夏期講習4日目"へつづく

Profile

cointelpro mk ultra

Author:cointelpro mk ultra
The writer of 『拝啓 日本のギャングストーカー犯罪者の皆様』(Dear COINTELPRO Criminals) <集団ストーカーの死> (The Death of COINTELPRO Stalkers), and "Unprecedented Human Rights Violation" Discussion Room / Study Room. Also a co-editor of 「新しいタイプの人権侵害・暴力」(Unprecedented Human Rights Violation)

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