焚書坑儒の歴史 《復興篇》

 
【Database】

 昭和22年秋、後に小学校校長になった中村蕃男剣友が来宅したので、戦後2年ぶりで自宅前の稲荷神社境内の土間で2人だけで稽古をしようと防具を取りだしたところ、防具のなかはネズミの巣になっていて驚いた。 ・・・
 昭和24年、現在の京浜急行の花月園駅前に・・道場32坪、家屋20坪を建設した。・・道場は至誠館道場と命名した。
至誠館道場は戦後の道場設立の第一号で、東京からは中山博道先生をはじめとして小野十全、柴田万作、高野孫三郎、羽賀準一先生ほか5,6名、横浜からは横松勝三郎、小野政藏、小野乙三郎、小中沢辰男、高野武諸先生にご来場いただき、そのほか横須賀、平塚などからも多数おいでになり、盛況であった。
 その翌年には・・神奈川県地区で戦後はじめての剣道大会を開催し、諸先生のご協力で盛会に終わった。(p.196-197)

 日本刀は単なる実用品ではない。日本人にとっては魂であり霊器である。単なる物斬り包丁ではない。一言でいうならばそれは「魂を磨く霊器」なのである。(p.23)

中村泰三郎『日本刀精神と抜刀道』

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遺書

伝統ハ神秘ニシテ偉大ナリ。而シテ之レハ吾人ノ心ノ中ニアリ。伝統ソノモノハ何ラノ力ヲ有スルナシ、吾人ノ心中ニ躍動セシメテ初メテ驚クベキ力ヲ発揮ス。廉恥ナキ者ニ伝統ハ無価値ナリ

陸士五十六期 白井又祐

(p.96) 『あかねぐも 第一集 =原町飛行場関係戦没者の記録=』


【Case Study】

 銃剣道や抜刀道のような、より実践的武道が危険に思われてるのは戦後GHQが日本人にかけたマインドコントロール「WGIP」の影響でしょう。私が留学中、アメリカ人学生のなかには女の子でも拳銃射撃を週末のレジャーにしてるのもいたくらいですから、アメリカ人にとっては刀などかわいいもの。それを日本人の間にだけ危険視させるのは、日本人の誇りを奪い心を弱くさせ二度とアメリカ人と対等に戦おうなどと思わせない、弱い奴隷民族にするためにほかならないでしょう。

そういえばボランティア活動で1年間滞在したスリランカでも似たような話を聞きました。スリランカにも古武術があったそうですがイギリス人に侵略され奴隷にされた後、スリランカ人が反抗的になるのを恐れたイギリス人によって禁止され廃れたのだそうです。私が滞在中、ようやくその復活の試みが行われていました。

さて日本の武士道を体現する剣道もまた目の敵にされ、早くから武道精神は骨抜きにされ完全にスポーツ化し、現代の剣道選手の多くは、ただの竹棒の叩き合い大会で満足するまでに成り下がってしまったようです。だからこそあまり「弾圧」されることはないようで、そのぶん剣道をやっている人の中でさえ銃剣道や抜刀道のような、より実践的武道を危険視するようにマインドコントロールされている者が多いようです。また、ただのスポーツ剣道なら心の正しさなどはどうでもいいので、他人のプライバシーを窃盗し、偶然を装いながら、つきまといや、嫌がらせ、妨害、侮辱などをしておきながら「そんなことはしていない。偶然だ。」と嘘を吐いて逃げることも、さらに一人を相手に集団で痛めつける卑怯な行いも平気なようです。まさに武士道の真逆を行ってます。だって、武士がそんな恥ずかしいことやってたら直ちに切腹ものでしょう(笑)

先日Fukushimaの道場でも、剣道の稽古をしている団体がいて、私がかなり離れたところで居合の稽古をやろうとしたら、剣道の指導員がものすごい剣幕でやってきて、距離的に接触するわけもないのに「万が一がある。居合はやっちゃだめだ。」とわめいていました。しまいには、こちらは模擬刀で稽古してるのに「真剣を使ってる」などと生徒らに出鱈目まで言い、いかにも危険なイメージを植え付けようと必死のようでした。自分は居合ができない嫉妬もあるのではないかと思いますが(笑)。同じ道場でもうひとつ剣道の団体がいるのですが、そちらの指導員は居合も抜けるので、このようなチンピラの言いがかりみたいなことは言わないようですから。

ちなみにこの指導員、いい歳してよく集団ストーカーをやっています。「指導者」がこんなですからその生徒や保護者もよく集団ストーカーをやっています。こうして次々に人心を荒廃させ、武道家同士で足の引っ張り合いをさせて日本の武道をダメにし、「意味のないスポーツ」にすることがアメリカ人支配者の狙いだったことがよくわかる戦後の歴史の縮図を見たような気になりました。

さて、自分が何かを習っている「指導者」がこのような人間だった場合どうすべきか、皆さんも是非考えてみるのはいかがかと思います。ただ、よくある「さっさと辞めればいい」という答えは早計な気がします。今やスポーツや趣味の団体だけでなく、職場から学校までありとあらゆる場に集団ストーカーが蔓延しているからです。

例えば東京は芝浦にある某電機会社は本邦屈指の歴史ある大企業でしたが、今や見るも無残に没落してしまいました。内部事情に詳しい方のお話によると、今までなら到底、役員になれなかったような低人格の輩がトップに居座ったのがその原因だそうです。しかも自分らが役員になるためには非常に汚いことをしてライバルを嵌め、蹴落としていたとのことで、すぐに集団ストーカーの手口だなとピンときました。ちなみに思考解読機を開発・生産しているメーカーのひとつがこの会社で、当ブログでも取り上げていますが、義侠心ある社員による内部告発文書はつとに有名です。

この告発をなさった社員が武道をたしなんでおられたかどうか定かではありませんが、上掲データの終戦当時、全アジア侵略を果たし日本人をも征服した英米人が日本の武道の何を恐れたかが、そこに隠されているように思われます。すなわち、西洋人が生み出した集団ストーカーなる権力犯罪は「そんなものは存在しない」という真っ赤な嘘を吐き続けることでしか力を持てませんから、その嘘を暴かれ、人びとを従わせる力を失うのが最も恐ろしいわけです。

だからこそ、集団ストーカーの汚い手口を告発する正義感の強い勇者をそれこそ集団で迫害し抹殺しようと彼らは必死になるのですが、それでも自らの生活や生命をなげうつことを恐れず、世の為、人の為に自己を犠牲にできる優れた人格の形成が武士道にあります。思うにこれは武士道こそが「いかに無益な殺し合いを無くせるか」を探求していたからではないでしょうか。それは当然「なぜ人は殺し合いをするのか」の追求につながり、詰まる原因は人の心に巣食う欲、怒り、愚かさだという仏教の三毒の教えにも通じます。この心の穢れを避け、高い人格を身に着ける努力が、そのまま無益な殺し合いを避ける努力につながると悟ったのが、活人剣などとも称せられる真の武士道ではないかと思います。また「武士に二言はない」、に代表されるように武士は「嘘をつく」ことを最も恥ずかしい行為のひとつとして戒めましたが、このような理念というか人格形成の「道」を追求するのは武道ならでは、といえそうです。

いっぽう「白人はアジア人などより人格も優れている」と洗脳されている皆様には信じられないでしょうが、西洋人の多くは自分が人より上だと思うために、他者を見下しています。それを表には出さないので騙されやすいだけのことです。もともと西洋人が編み出した集団ストーカー犯罪にしても、被害者を自分と同じ人間と見ないからこそ、あのような最低の卑劣な行為ができ、被害者を自殺させるまでしても嘘を吐いてトボケられるわけです。

語幣なきよう申しあげておきたいのは、アメリカ人のなかにも心ある人はいます。ウソで成り立っているこの社会を看破り、COINTELPRO(集団ストーカー)犯罪をやるような恥ずかしい人間になったらおしまいだと、ちゃんと気づいている人もいます。ユーチューブのCOINTELPRO関連の動画のコメント欄に、「Everything is fake in this world!」と、心の叫びのような感想が書き込まれていたのを見たこともあります。ただし残念ながら、このように優れた洞察力と人格を具えた人はアメリカ人社会では少数派であることは否めません。

ちなみに幕末、日本を訪れた西洋人が武士の決闘を目撃して最も驚いたのは、決着がつくと、ついさっきまで「殺し合い」をしていたのに、倒れた相手に蓆をかけてやって、手を合わせ、ねんごろに弔う武士の姿だったそうです。剣道でも試合前に蹲踞するように、敵にたいしても同じ人間として敬意を示すことは武道では当たり前のことですが、白人には、そこまで高尚な人格の形成は理解しがいものであることを端的に物語るお話ですね。

そこで武道を習うにしても、あるいは別に武道ではなく、日々の仕事や学校で勉強をするにしても、その努力をすべて「自分の人格を高める勝負」にしてしまえば、集団ストーカーという社会問題の解決の糸口も見つかるのではないかと思います。どんなに汚い人間が指導者や上司だったとしても、それを他人のふり見て我がふり直すための反面教師として利用すれば、むしろ彼らが低人格なほど、自分の人格の高さに自信がついていいのではないでしょうか(笑)。ちなみに、このように自信を付けさす目的で絡ませる楽勝な相手のことを、闘犬界では「かませ犬」というそうです(笑)が、冗談はさておき皆様も自分の師を超え、人類最高の人格を目指して毎日切磋琢磨すれば、どんな社会にあろうと健全な努力を続けられることと確信いたします。

そしてこれこそ先人があの大戦で自らの命を犠牲にしてまでも守り伝えたかった「道」であり、それを絶やさず歩み続けることが後世の我々に託された使命かと存じます。


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本阿弥光遜 『近代戦と日本刀』

【Database】
Hon'ami, K. (1943). Kindaisen to nihontō. Tōkyō: Genkōsha.


[大東亜戦争中]我が空軍の為めに撃墜の憂き目に逢ひ、命からゞ落下傘で逃げ出して海中に墜落しゴムの救命ボートを開いて逃げ廻つてゐた敵の飛行士を我が軍で捕虜にしたところが、此奴は驚くべし、不時着用備品を六十何種類も持つて居り、その中には花柳病の予防具[*コンドーム]まであつたといふ。事こゝに至つて、骨の髄まで物質文明の害毒が滲み徹つてゐる彼等米英の白人輩の醜さには全く呆れ果てたと我が報道部員の前線通信にも見えてゐるが、そんな奴等に、落下傘も持たず[まさかの場合、自害する覚悟で]日本刀だけを持つて飛ぶ我が空の勇士の、日本人独特の絶対的境地が判つてたまるものではない。(p.46)


【Case Study】
ご覧のとおり、日本軍と交戦した米英のパイロットらは、不時着したときに備えコンドームを用意していた。この事実からも、彼らが、なんのために、はるばるアジアまでやってきて戦争をしていたかが、うかがえる。実際、終戦後、米兵が上陸した横須賀では、上陸初日の1日だけで、警察に届けられただけでも100件近く(正確な数は江藤淳氏の研究など参照を)の強姦犯罪を起こしている。

なお、このように女性の身の安全に重大な危機もたらした歴史事実さえ知らない日本人が多いのは、アメリカ人支配者(GHQ)の厳しい言論弾圧により、米兵が犯した強姦事件は一切、報道が禁じられたためである。なかには日本人女性を守るために敢えて米兵による強姦犯罪を報道した新聞社があったが、直ちに発行を差し押さえられ廃業させらている。そしてその弾圧の事実すら、また隠蔽され闇に葬られた。

ところでアメリカ人等による集団マインドコントロールは、従来の戦争にとって代わって彼らの欲望を達成するべく、その技術開発が進められてきた。ならば、日本人に対する集団マインドコントロールの目的のひとつに「白人男性の性欲処理用の道具とすべく、日本人女性を白人に憧れさせるよう集団マインドコントロールする」ことが含まれていても、驚くに値しないだろう。

そして斯様に卑猥な欲望をひた隠しにしつつ、目的を遂げたいアメリカ人等にとって、上記の如き図書は甚だ不都合だったに違いない。よって、これらの戦前の図書をアメリカ人支配者たちが戦後、厳しく検閲し焚書したのも頷ける


人の思考を制するものが世界を制する。 歴史的に見れば、戦争とは領土争いに尽きるものだったが、未来における戦争は、人びとの心の争奪戦になるのかもしれない。(米陸軍アレクサンダー大佐)

http://gangstalking-crime-databease.blogspot.jp/2011/08/thats-impossible6-4history-channel.html

続 アメリカ人による焚書坑儒の歴史 


【Database】

(戦後)私は福島区で原爆展をやるという運動に加わっていた。そこに公安の者が来てこう言った。「占領下で原爆展やるいうのはアメリカ人に対する挑発です。どうしてもやるなら、あんたらをウィロビー少将覚書違反で逮捕することになる。井形さん、あんたも特高におったんやからわかるでしょう。それを覚悟でやるんですか」。GHQは、日本の民主化を進めるためにいたはずだが、一面で占領政策に都合の悪いことは厳しく取締った。・・・結局、その時は原爆展を開くことはできなかった。
 井形正寿『「特高」経験者として伝えたいこと』

警察庁では、「Aがダメだといっている」の一言で[事件の捜査は中止され]捜査本部が一瞬で消える…「A」というのは、アメリカ大使館のことを指す、警察庁の隠語です。
 苫米地英人『洗脳支配』


【Case Study】
 
さて6月15日水曜、野毛山にある横浜市中央図書館へ行って戦前の書籍を閲覧していたところ、昭和十年発行の以下の本の、ある章だけがまるごと引きちぎられて紛失していました。

前田稔靖 著 『日本刀物語』 九大日本刀硏究會, 1935

という本なのですが、GHQアメリカ人による日本人への思想統制(つまり集団マインドコントロール)が具体的にどう行われたかの手がかりを探すべく本を開くと、目次にあった「日本精神と日本刀」という章題に目が留まりました。早速ページをめくったのですがしかし、なぜかみつかりません。そのかわり同書第7ページから12ページまで引きちぎられた跡があって、もう一度目次を確認すると実はこのなくなっている範囲がまるまる「日本精神と日本刀」という章にあたる部分でした。

アメリカ人が日本人に対して行った焚書坑儒や集団マインドコントロールの歴史を考えると、当該「日本精神と日本刀」の章だけが盗まれているのは偶然とは思えず、いったい何が書かれていたのか益々気になったのでした。

また、犯人はもちろん日本語が堪能な者でしょうから、戦前は特高警察として、また戦後はアメリカ人支配者の手先として思想統制(集団マインドコントロール)と言論弾圧を実行した公安警察の連中の犯行かなあなどと想像してみた次第です。

アメリカ人による焚書坑儒の歴史

 
【Database】
日本人は「属国」という言葉を嫌いますが、アメリカから見れば、日本はアメリカの若者の血で勝ち取った領土ですから、「属国」でしかありません。アメリカの議員たちは、日本を「属国」だと思っています。
苫米地英人『原発洗脳』

【Case Study】
1945年、アメリカ人が日本国土の軍事侵略を完了した際、征服された日本人に対しWGIPと呼ばれる洗脳政策が開始され、「日本人=悪」「アメリカ人=正義」という妄想の刷り込みが今日に至るまで行われてきたことは歴史をよく勉強されている方はご周知のことと思います。ところで敗戦当時、文字どおりの焚書坑儒がアメリカ人によって行われていたことはご存知だったでしょうか。

 たとえば以下は私がアメリカの大学に留学中、大学図書館でアメリカ人侵略者が日本から持ち帰った戦前発行の日本語書籍からの引用なのですが、この本も日本ではアメリカ人支配者によって焚書されたため、目にすることは、できないそうです。


杉山 平助『支那と支那人と日本』改造社 1938年
(注:旧漢字はタイピングの都合上、常用漢字に改めさせていただきました)


これまでの日本の一般民衆のやうに、支那人を頭ごなしにチヤンコロと軽蔑してゐたのも間ちがつてゐる。しかし日本の知識階級は(その中には私自身も含めて)これまで、いさゝか支那人を買ひ被りすぎてゐたことも、ソロヽ気がつかなければなるまい。(p.24)
有史以来、国を失ふこと両三度、そのたびに体面も誇りも、泥にまみれ、散々に汚され、踏みにぢられた苦々しい記憶を、いつぱい背負ひこんでゐるところの子孫なのである。・・かくて、彼等は、性格のどこかに・・ネヂケて、ヒガンで、陰性で、被虐的で、二筋縄や三筋縄ではいかない厄介なシロモノになつてしまつたのだ・・我々の畏敬する古代支那人と、今の支那人は似ても似つかないものなのである。(p.27)
(支那人の)自尊心の強烈なることは、実に驚歎するよりほ外はない・・彼等は、あれだけ(日本軍に)散々に叩きのめされた今日でも、心の奥底では頑として、自分たちは日本などより比較にならん優秀なものだと、心得切つてゐるのである。そして・・その表面的恭順さにもかゝはらず、内心では日本人を軽蔑し切つてゐるのだ。
もちろん、この自惚れの由来するところは、遠くて且つ久しい。自ら中華と号して、外国をすべて夷狄と見る伝統が、驚くべき隅々にまで行きわたつてゐる。そして、それに何等の客観的根拠もないことは、すこしも彼等には苦にはならないらしい。(p.28) 陰謀術策及び宣伝の天才としての支那人については、よく知れ渡つてゐる。正直で、気短かで、思つてゐることを直ぐ顔に出してしまふやうな陽性な日本人が、無限に気が長くて、口で云ふことゝ腹の中とはいつも違つてゐる、陰性な支那人に対し、陰謀なんかで争つて勝てるわけはないのである・・彼等が自ら賢しとして己惚れてゐる優越感は、多少その辺からも来てゐるのである。
しかし陰謀はつひに陰謀だ。頽廃した知的遊戯にすぎない。いつたい陰謀術数なんぞの巧妙な人間に、本当の意味で頭脳のいゝものがあるわけがない。

   彼等は何を見ても、これを遊戯化し、最も低い意味において功利化してしまふ。おそらく支那人には、日本人のいふ気合ひといふものが、絶対にわからないにちがひない。彼等は古来の各種の武術さへ、軽業のやうに遊戯化して、真剣といふ意識を完全に喪失してしまつてゐる。(p.31-32)
   
   支那人は、口を開けば、日本には固有の文化がなく、すべては模倣だと云つて軽蔑し、自分たちの祖先伝来の文化を鼻にかけるのが常だ。しかし、彼らの御自慢の文化なるものは、すでに何千年も前の人の残した糟粕にすぎない。それは現代の彼等とは、何等かゝはりもなく、彼等自身は、何一つ誇るべきものを生み出してゐないといふことを、反省し得ないのだ。いつたい支那人は・・文において劣るのを、甚しい恥辱とする。(p.32)
陰性な性格の頑強さでは、支那人は無比の力を具へてゐる・・支那人のさうした性格の頑固さには、積極的な能動性が附随せず、従つてたいした危険もないのだから、知らん顔して放つておけばいゝのである。(p.38)

或る英国人で、祖父の時代から三代続いて支那で商売を営んでゐるものが、かく語つた。「・・支那人といふものは、他人と協同の仕事なんぞ絶対に出来る人種でないといふことを、我々は長い経験によつて、知らされ抜いてゐるから、決してそんな計画を立てたことがない。しかるに日本人は、いつまでもお人よしな夢を見つゝ゛けてゐるのであろう。」
支那人など、人間と思ふな、豚だと思へ、といへば如何にも乱暴非人道に聞えるが、英国人や米国人は、事実其通りに考へ、その通り実行してゐる。そして日本人よりはるかに多くの尊敬を支那人からあつめてゐるのだ。現在米国でキイキイ声をあげてゐる平和主義婦人の支那同情者など、夢にも支那人を豚以上に考へてゐやしない。私は、その通りにやれといふのではない。ただ、さういふ事実を認識してかゝれ、といふのである。(p.38-39)

 南京から避難民が逃げ出す時は、たいがい英国の汽船に乗つて逃げたのである。それが非常な狼狽で、もはや甲板にのり切れないほど乗つてしまつても、なほ後からつめかけて、無理に乗ろうとする。それを、英国人の船員は、殴りつけ・・多くの支那人は河の中へはまりこんで溺れて行く。これが日本の船員なら、驚いて、縄を投げたり、ブイをほうつたり大騒ぎするところであるが、英人の舟は、知らん顔をしてサッサと出してしまふ。彼等は支那人といふものを、頭から人間扱ひにしていないからである。 それでゐて、支那政府は、英国と仲が好く、日本とは、こんな戦争をおつぱじめてしまつた。(p.340-341)
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cointelpro mk ultra

Author:cointelpro mk ultra
The writer of 『拝啓 日本のギャングストーカー犯罪者の皆様』(Dear COINTELPRO Criminals) <集団ストーカーの死> (The Death of COINTELPRO Stalkers), and "Unprecedented Human Rights Violation" Discussion Room / Study Room. Also a co-editor of 「新しいタイプの人権侵害・暴力」(Unprecedented Human Rights Violation)

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