若槻泰雄 『戦後引揚の記録』 他


集団マインドコントロール予防授業 “直前講習” 予告編

【Database】

 Wakatsuki, Y. (1995). Sengo hikiage no kiroku. Tōkyō: Jiji Tsūshinsha.


※前稿での引用に一部追加、再掲載
満州に侵入したソ連軍は八月十九日には早くも外部との一切の通信交通を遮断した。そして世界の目から隔絶された中で、ソ連の軍隊はほとんど例外なく、被占領国民たる日本人の上に略奪・暴行・婦女暴行をほしいままにしたのである。
…兵器を持ったソ連兵は群れをなして各家庭や会社の事務所に押し入った。そして手当たり次第、金めのもの――時計、貴重品、衣類などを略奪する。…「それはまるで運送屋のように、だれはばかることなく、せっせと運んだ」…靴もろくにはいていないようなドロドロの軍隊は、二から三日のうちに、日本人からの略奪品で見違えるような服装に変わったのである。(p.123)

奪った時計を両腕に10個もはめたり、あるいは足にまで付け、時計のネジがゆるんで止まると、これを巻くことを知らずに、こわれたと思って捨ててしまうものも珍しくなかった。…彼らは気に入らぬことがあれば容赦なく射殺したし、それに威嚇射撃も加わり、銃声は夜通し町にこだました。(p.124)

ソ連軍が略奪するときには、たいてい朝鮮人が黒山のようになってそれを眺めており、ソ連兵のすきをついて、あるいはそれが終わると、どっと押しかけて来て、ソ連兵と同じようなことをするのが常だった。(p.200)

ソ連兵の日本婦人への暴行は、すさまじいの一語に尽きる。それが十二、三歳の少女であろうと、七十歳近い老婆であろうと、そして、人前でも白昼でも、また雪の上であろうとも、そういうことは全く頓着しなかった。樺太の場合同様、女性たちは丸坊主になり顔に墨をぬり男装して難を逃れようとしたが、彼らは一人一人胸をさわって女であることを確かめると引き立てていった。 
南満へ疎開した人たちが、終戦後また新京の自分の家に帰る途中、公主嶺の駅で、進駐してきたソ連軍の列車とばったり出くわした時に起こった事件は、「誰知らぬ者もない事実だ」という。それは、あわてて発車しようとする日本人の乗っている列車をソ連兵が止め、女は一人残らずプラットフォームに降ろされ、「白日の下、夫や子供や公衆のまん前で集団暴行を受けた」のである。

もとより日本女性のすべてが易々諾々とソ連兵の毒牙に身を任せたわけではない。陵辱に耐えかねて死を持って抗議する若い婦人、暴行から身を守ろうとみずから死を選ぶ人妻もいた。 例えば敦化の日満パルプKKの社宅では、ソ連軍は命令によって男と女を分離させ、一七〇人の婦女子全員を独身寮に監禁し、夜となく昼となく暴行の限りを尽くしたが、この際二十三人の女性は一斉に青酸カリによって自殺している。(p.125)

…ソ連軍占領下の治安は一般的に、小都会、田舎にいくほど悪かった。毎夜婦女子の一定数の供出が強要されたところも少なくない。人の目を気にしないでいいという心理からであろうが、次のような体験記もある。
「ひとつの列車の中に人の気配がしたんでのぞいてみたら、日本人の女が三、四十人素裸にされてころがっていました。兵隊もみな裸でした。」「家畜用列車の中をのぞいておどろいた。藁の上に若い女が全裸で三人虫の息でころがされている。」
[満州電気化学工業KKの役員をしていた]渡辺諒は、ひそかに持ち帰った日記をもとに『大いなる流れ』と題する著書を出版した。その末尾に近いページに次のような一文がある。
「戦勝とは敵民族の女性を征服することである。」(p.127)

「公然婦女暴行」は公然と、また当然のことのように行われ、犯行者は原則として、決して罪に問われることはない。被害者たる女性にとっては、被害を予防する手段もなければ、一たび襲われたときは、犯罪を防ぐべき警察もないし、公衆も存在せず、逃れる道はすべてとざされているのであって、まわりの者もこれを防ぐことのできない全くの無法の世界なのである。
それは限りない恐怖と汚辱と苦痛の連続であって・・・平和な時代に新聞の紙面に印刷された“婦女暴行”などとは、まったく次元の異なる世界なのである。(pp.202-203)

[満州からの引揚列車ではシナ人の]警備兵が車輛内に押し入り引揚者の最後の携帯品を強奪したこともあるし、関係機関が金品を要求するのは日常茶飯事であった。…なにがしかの金を包まねば機関手は列車を野原に停めてしまうし、駅毎に駅長以下、配車係、操車係、貨物係にまで袖の下を配ることが要求される。

…輸送途中、金だけでは済まないことがあった。これは例によって、日本人女性への要求である。[シナ人に婦女子の提供を要求され]これを拒否すれば、引揚団は渡河させてもらえず、路頭に迷うだけだから、その要求を聞き入れるよりほかないのである。

…[俳優の森繁久彌は]終戦後は新京を通過する引揚団の世話を行っていたのだが…彼の仕事は、鉄道の指揮権を受けもつ国府軍の要所要所に対し日本女性を提供することであり、彼はみずから“売春宿の主人”と自嘲する。そして各引揚げ団は、必ずこの種の“篤志婦人”を二、三人確保しており、「かねてその道のくろうとだった人は少なく、大方は夫を失った奥さんで『皆さんの生命が私の身体で護られるのなら』と篤志を申し出たもので、列車が止まるたびに、彼女らは[シナ人]係官の慰みものに派遣された」…「最低五人は、入れ替わりたち替わり、ここに居合わせたように覚えている。私はこの大和撫子たちと夜の更けるまで話して、何度涙をぬぐったことか、あまりの尊さは、あまりの哀しさに通じるからだ。(森繁)」(pp.190-192)

ソ連政府は、戦後の[ソ連]復興のための労働力不足にあてる目的で日本兵捕虜を酷使したわけだが、日本兵の現地除隊、逃亡等のためソ連側予定の人員が不足すると、これを一般民間人でうめることとした。…「三~五日の労役」という口実で徴集した男子一万余もそのままシベリア行の列車に乗せられている。
…通行中の日本男子を街頭で逮捕し連れ去ったり、あるいは、住宅内に侵入し男とみれば、片っ端からつかまえてシベリアの収容所送りにした。これを拒否したものは、その場で射殺された。まさに近世におけるアフリカの奴隷狩りが二十世紀の満州で再現されたわけである。(p.129)

…収容所に投じられた[民間]日本人は、飢餓と疫病そして厳寒と過酷な重労働のため大量の死者を出し、延吉は満州最大の“日本人の虐殺場”となった。一万五~六〇〇〇人中一万二〇〇〇人余がわずかの期間に死亡したといわれる。(p.130)

組織の一員としては冷酷なソ連人も、個人的には人のいい親しみやすい国民だと評する引揚者は珍しくない。時には人間らしい配慮を示したソ連兵もいたし、猛威をふるった日本人収容所内の発疹チフスの治療に献身的に当たり、みずからも発疹チフスにかかって殉職したソ連軍の軍医もいた。

朝鮮人についても同様である。…ささやかながら日本人難民のために[経済的に]協力してくれた人も決して皆無ではなかった・・・悪名高い保安隊の中にも、三八度線突破に協力し、ソ連軍歩哨の位置を教えてくれたり、護衛と案内までつけてくれた例もある。日本人女性に暴行しようとするソ連軍兵士の銃口の前に立ちふさがり、これを阻止した人民委員会の委員もいた。 

常日頃親しくしていた朝鮮人が、終戦となるや一夜にして暴徒の一員と化して押し寄せてきた、というような経験を持つ日本人も決して少なくないが、他方「戦時中、特別に信頼して大事に扱ってきた朝鮮人や満州人は、終戦後、日本の威信が失墜してからでも、決してその信頼を裏切るようなことはしなかった。しかも自分の生命の危険を冒して自分を信頼してくれた日本人の危急を救ったという事もあった。」(pp.223-224)

[反対に]日本人の共産主義者の活動家は評判が悪かった。ソ連軍や中共軍の威光をかさにきて同胞をいじめることの方が多かったからである。(p.224)

 若槻泰雄『戦後引揚の記録』



 Iiyama, T. (1985). Chiisana hikiagesha: Shashinshū. Tōkyō: Sōdo bunka.

 終戦の翌年五月、私は福岡にいるという婦人科医の友人を訪ねました。…手術室から出てきた友人は、口を開くなり、
「ひどいもんだよ……もう一人やるから見ないか」
というのです。
 何の手術かわからないまま、私は彼のあとにつづくと、手術台の上には、大陸で暴行を受けた中年の婦人が横たわり、その処置(胎児牽出)を受けるところでした。手術が始まると、その泣き叫ぶ声に私は耳をおおい顔をそむけて手術室をとび出しました。[註:当時、麻酔なしで行われることが多かった]
 こういう手術を、多いときは一日十回もすることもあると、友人は言っていました。
 ここに来る婦人たちは、満州や朝鮮などから博多湾に上陸して、「婦人相談所」の看板を見て、引きあげのとちゅうで受けた屈辱を軽くして、故郷へ帰っていこうとやって来たのです。
…[民間人の場合、戦争が終わった翌年になっても]朝鮮半島南部と満州南部にいた一部の日本人だけが引きあげ、あとは置き去りにされていたのです。
 そのころ、大陸に残された日本人を運ぶのは、戦争でくたびれはてたオンボロの船を使ってのろのろとおこなわれていました。…これでは大陸に残された人すべてを運ぶには十年もかかってしまい、飢えと寒さと死の恐怖におののいている人びとをとうてい救いだすことはできません。
 ところが日本の政府は、その当時日本を統治していたGHQ(連合国軍総司令部)に船をまわしてもらうことを頼んだのですが、「…GHQの責任ではない」と断られました。…そこで、日本政府が腰ぬけなのなら、私がもう一度中国大陸へ渡って、残されている日本人の実際のようすを写して、GHQにつきつけてやろうと決意したのです。
…その写真は[再帰国後、在外同胞引揚援護会に提出し]、外務省とGHQに渡されたと思います。―それが効を奏したのかどうかわかりませんが―その後、大陸在留邦人、百何十万人の引きあげは急ピッチで進み、二年ほどの間に終わりを告げました。(p.p.94-102)

飯山達夫 『小さな引揚者』 



【Case Study】

記憶にある、はじめて身近に接した「ロシア人」は1回目の留学中アメリカの大学で取ったスペイン語クラスの先生だったと思う。たしか既に小学生くらいのお子さんがいる年齢だったが、かなりの美人で何か違う動機でこのクラスを取ってるんじゃないかと思われる男子学生も若干名いた。この先生はもともとロシア人だが、お父さんが外交官で子供のころキューバにいたためスペイン語もネイティブ並みに堪能なのでスペイン語も教えていた。中学生くらいのとき家族でアメリカに亡命し、まだ冷戦中だったためロシア人を見たことがないアメリカ人がほとんで、学校に行って「ロシア人です」と自己紹介すると皆、パンダか何か珍しい動物でも見るかのような目つきでジロジロ観られたと教室で思い出を語り冷戦当時を知らない若いアメリカ人学生も皆どっと笑っていた。しゃべり方も性格もほんとうにやさしい先生だった。

同じく98年頃だったか、日本へ一時帰国のついでに北部シナをバックパック旅行したときのこと。長距離鉄道の切符を買おうと駅の窓口に並び、割り込みが当たり前のシナ人たちを両肘を張ってよけつつ、なんとか自分の番を確保しながらも、当時は片言のシナ語もしゃべれず、筆談と身振り手振りでこちらの希望を告げたが、相手の言っていることがわからず往生していた。するとシナ人より文字通り頭一つ出た長身の白人青年二人が通訳に入ってくれて無事に切符を買うことができた。お礼を言いながら、どこから来たのか訊くとロシアだという。なるほど一般に我が強いアメリカ人や西ヨーロッパ人とはどこか違う感じがするわけだと納得しつつ、目の前のロシア人が戦後史に出てくる残虐非道なロシア兵とはまるで正反対に親切で、ちょっと、はにかんだような感じだったのに驚いた。しかも一般に白人は本心ではアジア人など自分達よりも「下」だと見下している者が世界的に多いなか、シナ語まで勉強しているというのがとても意外だった。

他にも二度目のアメリカ留学中に親しくなった学友にロシア人留学生がいた。成績抜群で学生チューターとして他の学生の論文を添削したりしていて私もよくお世話になり、毎回親切にアドバイスをもらい、とても勉強になったのを今でもときどき懐かしく思いだす。ところでカリフォルニア大学のMORET博士はCOINTELPRO(集団ストーカー)の極悪卑劣な悪行の数々を告発し、ご自身もまた深刻な被害者であるが、博士が指摘している通り現在アメリカの大学はCOINTELPRO(集団ストーカー)の巣窟と化して大変危険な状況にあり、多くの学生がマインドコントロールされ集団ストーカーに協力している。そのようなさなか、このロシア人の友人は一切そのようなものには与せず、誰に対しても一貫して誠実だった。

そして一番最近の、身近なロシア人としては、タイのシラパコーン大学で講師として勤めた時、講師オフィスの席が隣だったJ氏が思い出される。私は日本語講師でJ氏は英語担当だったが、外国人講師はどの言語担当も全員、だだっ広いホールのような部屋をパテーションで仕切っただけの空間に一緒くたに入っていた。そこで席がとなりになったJ氏とはテストの採点や教材研究などの仕事をしている合間によく英語で雑談し、すぐに親しくなった。

J氏はロシア国籍だが両親は元々インド系で英語も堪能、いかにも知的そうな顔立ちは数千年来続く厳格なカーストのなかでもバラモン階級の出身を思わせた。事実、雑談から発展してバラモン階級のインド人が好む哲学的な議論もよくしたが、たいていはいつも一番遅くまで仕事をしている私を見て「日本人は本当に勤勉だ」などと言いながら労をねぎらってくれたりした。

そんな異色な英語講師だからか、J氏はアメリカ人やイギリス人に対してよりもむしろ日本人に好感を持っているようだった。あるとき何かの話題から、アメリカ人が広島・長崎に原爆を落としたことに話が及んだとき
「女子供を含む民間人を無差別に殺傷したアメリカ人は臆病・卑劣きわまりない」
と厳しく非難していた。なんだか9・11テロはアメリカ政府によるinside job(自作自演)だったことを裏付ける証拠写真をロシア政府が近々公表する準備をしているという噂を思い出すような勢いの批判ぶりだった。

実はタイの大学でもCOINTELPRO(集団ストーカー)の嵐は吹き荒れターゲットにされた被害者へ集団ストーキングや仕事の妨害、風評被害などを行うのにマインドコントロールされた多くの学生が協力し、また思考解読機器を濫用した「仄めかし」などに明け暮れていた。この思考解読機器やCOINTELPRO(集団ストーカー)、HAARPその他について主にブログやソーシャルネットワーク上で告発し続ける私は当然、被害が最も激しいターゲットにされた。

大学オフィスの壁に「You Are on Big Brother's Camera」と大きな文字でプリントされた紙が何枚も貼られていたこともあった。これは当方が主にスリランカでの活動を綴った2代目ブログ「Unprecedented Human Rights Violations "Discussion Room"」のテンプレートにSmile! You Are on Big Brother's Cameraと書いてあることへの当てつけであることは明らかだった。

そこで私が、人の脳波を遠隔から読み取り、また逆に脳波に共鳴する周波を照射して思考や感情を操作するマインドコントロール用軍事機器の米国特許文書をプリントして「This is a Big Brother's Camera, Isn't It?」と添え書きしたのを、その下に貼っておいてやった。すると重大な真実が公表され焦ったのか(笑)翌日すぐに彼らと当方の貼り紙ともに、すべてはがされ消えていた。

そんな折「あなたの貼り紙を見て、彼ら激怒してる」とそっと耳打ちしてくれたのがJ氏だった。そのときのJ氏は心配そうでありながらも、同時にあたかも「よくやった!」と言いたげな愉快そうな表情のようにもみえた。また彼ら加害者たちが同じくソーシャルネットワークで私が精神異常者で、言っていることはすべて被害妄想だと流布して思考解読機器の存在を否定するのに必死であることも教えてくれた。

そこで興味があったのでJ氏に、ロシア人による満州での民間人虐殺についてや非武装のポーランド将校を大量虐殺したカチンの森(Forest of Katin)事件については、どう思うか訊いてみた。だが、やはりロシア国籍だからか、J氏はロシア人による卑劣な蛮行に関しては口をつぐんでしまった。ただし、これまで通算10年近く海外で暮らし、また30数ヶ国を旅行して、様々な国籍の人々と付き合ってきたが、J氏の様に自国民の負の歴史には無知だったり、いろいろ言い訳してあまり悪く言わなかったりするのは、お隣の韓国人も含めて世界的にむしろ普通の反応であり、J氏だけが特別、不誠実なわけではない。例えば「日帝36年」を激しく非難する韓国人は多いがベトナム戦争で韓国人兵が子供を含むベトナム民間人を大量に虐殺、強姦した事実については、ほとんどの韓国人が無知であるように。

自分が関わった「ロシア人」をざっと思いつくまま書いてみて、ほんとうに国際色豊かで、しかも「いい人」ばかりだったことに改めて気づいた。しかし、だからといって戦後、ロシア人が引揚日本人を襲い暴虐の限りを尽くしたという報告が誇張だったというわけでは決してないし、その残虐性は、たまたま「戦場」という異常心理に陥りやすい場所だからという理由だけでは説明できないだろう。人口に占めるサイコパスの割合が、白人はその他の「人種」より多いことが科学的調査で判明している(マーサ・スタウト『良心を持たない人たち』)。

事実、東京外大の学生だった頃、自分の専攻語圏の国へ留学や旅行に行く学生がつとに多かった中、ソ連崩壊後まもない混乱期だったこともあってか、ロシア語学科の友人は「今、モスクワでは(日本円で)10万円くらいで人を殺してくれるビジネスが流行ってるらしいし、あんな場末には行きたくない」と言っていた。またカリフォルニアに留学中、下宿の大家が北部シナ(旧満州)の出身だったが、国境を接するロシアに出稼ぎに行くシナ人が多いけど、やはり殺されたり行方不明になった知り合いも結構いて、ロシア人は怖いと言っていた。

実はどちらも現実の「ロシア人」の姿にほかならず、いいロシア人もいれば悪いロシア人もいるのは至極当然のことだろう。
しかし、もしこれら善悪相反する「ロシア人」の特徴を読んで混乱する人がいるとすれば、それはstereotypeの罠にはまっているからに他ならない。ちなみに今年2017年度は、このstereotypeの問題が東京大学の入試英語第1問に、さらに慶應大学総合政策学部の入試英語第3問にも長文で出題されている。

Stereotypeが現実を歪めてしまう問題でもう一点考えなければならないのは同一の人間が状況次第で「いい人」になるときもあれば「悪い人」になるときもありうるということだろう。
 
世界的に高名な、ある精神科医はこれを「誰の心にもヒトラーとマザーテレサが同居している」と喩えている。拙文「集団マインドコントロール予防授業」で説明した「ニワトリ脳とフクロウ脳」ととらえてもいい。実際、あるナチス高官は収容所で何の罪もないユダヤ人を毎日虐殺する傍ら、帰宅すると「愛犬」の散歩を欠かさず、週末には「愛妻」と仲良くクラシックコンサートに出かけるなど「文化人」らしい生活を送っていたという。
また奴隷制度があった時代、白人は女性でも奴隷をムチで叩いたりして牛馬のように、こき使うのが当たり前だったが、その同じ女性が奴隷以外の人の前では、「上品な」貴婦人として振る舞ったのも同様だろう。

なお黒人奴隷の悲惨な実態を初めて世に知らしめ、アメリカ人の世論を奴隷解放に向かわせるきっかけを作ったのが、文学としても名高い『アンクルトムの小屋』だったことは、アメリカ留学中、大学の歴史教科書で学んで知った。
裏を返せば当時のアメリカ人ですら多くは奴隷がどれだけひどい目に遭っているかよく知らなかったということだ。

心理学史にその名を留める有名な「スタンフォード大学監獄実験」を行ったZimbardo教授はアブグレイブ収容所内の捕虜虐待事件などを例にあげ夜勤シフト時など「人目が少ない状況下で虐待が起きやすい」ことを指摘している。

上掲記事『戦後引揚の記録』でも、ロシア兵は日本人へ略奪・暴行する前に、日本人のあらゆる通信交通手段を破壊しておいて、世界の人々から、その残虐非道な蛮行が見えない状況を作ってから実行していたことがわかる。

「満州に侵入したソ連軍は八月十九日には早くも外部との一切の通信交通を遮断した。そして世界の目から隔絶された中で、ソ連の軍隊はほとんど例外なく、被占領国民たる日本人の上に略奪・暴行・婦女暴行をほしいままにしたのである。」

そのような状況下で戦後の混乱期に飯山達夫氏が朝鮮や満州で撮った残留日本人の写真と凄惨な暴行、略奪被害について集めた情報が、日本人の引揚政策を早めるようGHQを動かしたという歴史もまた、権力犯罪者たちに屈しない勇者による真の「報道」がいかに大切な役目を果たし多くの被害者を救うことにつながるか如実に示している(『小さな引揚者』)。

翻って現代、世の多くの一般人が「精神病者の被害妄想だ」と信じ込まされ、その実態を知らないElectronics HarassmentやCOINTEPRO(集団ストーカー)或いは思考解読機器やHAARPなどマインドコントロール兵器/気象兵器の濫用について取材し報道できる勇気と正義感あるテレビや新聞などマスメディア商売人はいない。彼らは皆、自分が高給をもらい、有名人にも会え、異性にもモテる「特権階級」だという妄想に浸りたいがためにこの業界に入ったにすぎず、ハナから我々一般大衆などは見下しバカにしているからだろう。

卑近の例をあげれば東京外大在学当時、大手メディア会社は人気の就職先のひとつで、よく知っている同窓生の中にも日テレやNHK、産経新聞、電通などへ就職したものがいたが、やはり皆、自己愛が非常に強く、自己顕示欲を満たしたいがために大手メディアに入ったようなタイプばかりだった。報道業界に顔がきく指導教官と別荘に「お泊り」して某“国営放送局”に入れてもらった女子学生の話を当の先生から聞かされたこともある。
しかも当時まだ90年代前半から半ばだったが既に、大学内や下宿先、またバイト先のひとつだったNHK渋谷本局などでいわゆる集団ストーカーのようなことを彼らは私にしてきた。

以上のような事実を踏まえると、たとえば『戦後引揚の記録』で「公然婦女暴行」について解説している個所を悪名高い公安警察犯罪者による「催眠強姦」或いは「COINTELPRO(集団ストーカー)」や「マインドコントロール兵器」「気象兵器」「人工地震」などに置き換えて読んでも、そのまま現代の事象に当てはまることに関係者は気づくだろう。

“《集団ストーカー》は公然と、また当然のことのように行われ、犯行者は原則として、決して罪に問われることはない。被害者にとっては、被害を予防する手段もなければ、一たび襲われたときは、犯罪を防ぐべき警察もないし、公衆も存在せず、逃れる道はすべてとざされているのであって、まわりの者もこれを防ぐことのできない全くの無法の世界なのである。
それは限りない恐怖と汚辱と苦痛の連続であって・・・平和な時代に新聞の紙面に印刷された“ストーカー”などとは、まったく次元の異なる世界なのである。”

かつて政府に都合の悪いことは一切報道させないために検閲の厳しかった共産圏では「本当に重大な情報は新聞などで絶対報道されないので、新聞に書かれないことが本当に重大なニュースである」ことを市民はよくわきまえていて、新聞に書いてある事を読むことで「どうでもいいこと」を知ったという。同様に気象兵器あるいはハイテク凶器を使った証拠が残りにくい危害や集団ストーカー犯罪が大手メディアで決して報道されないのは、それが本当に重大なニュースだからであることを、我々もかつての共産圏の人々から学ぶ時がきたといえる。

近年、舞鶴引揚げ記念館の資料がUNESCO世界記憶遺産に登録されたが、これを代表するように「白樺日誌」が同記念館の展示室に入ってすぐのところにガラスケースへ収められている。違法に拉致され重労働を強いられたシベリア抑留者はその記録を残すことが許されないなか、見つかれば重罰を覚悟で白樺の皮を手のひらサイズに切ってメモ帳にし、煙突の煤を水で溶いたインクで当時の惨状を句に読み綴ったものだ。

また抑留者が家族に連絡することができた唯一の手段の郵便葉書が、すべてカタカナで書かれており、傍に添えられた解説には「日本語が堪能ではないロシア人の検閲官がいる収容所ではカタカナで書くよう指示され、重労働や空腹、過酷な環境について書くことは許されなかった。」と説明されている。これらはすべて、ソ連政府が厳重な言論統制を行い自分らの非道な施策を隠蔽するのに必死だったことの証左である。

無論、集団ストーカーに対する恐怖心から、これに協力し、せっかく勇気ある告発などがあっても必死に否定する者も多い。かつてソ連軍からあれほどひどい仕打ちに遭い、おびただしい数の同胞が強姦されたり殺されたりしたのに、Stockholm Syndromeのように洗脳されてロシア人に協力的になり、媚びへつらった日本人もいたのと同じだ。

また似たような歴史は世界各地で繰り返され、大戦中のアメリカでは何の罪もない日系アメリカ人市民がすべて強制収容所に入れられる迫害を受けたが、実はこの時、その理不尽さを公的に訴え抗議しようとした勇気ある日系人もいた。
しかし他ならぬ周囲の日系人同胞が「余計なことをするな」とアメリカ人への抗議を妨害した史実があったことを留学中にロサンゼルスの日系コミュニティ紙の記事で知った。まるで現代の集団ストーカー犯罪を必死に否定している人たちのようで興味深い。

ところがよく知られているとおり終戦後、40年も経った1980年代になってようやく日系2世らにより「日系人だというだけで収容所に入れられたなんて、おかしい」と政府に間違いを認めるよう訴えを起こし、時の大統領が公式に間違いを認め謝罪、賠償した。

そして現在、集団ストーカーという残虐非道な権力犯罪の実態を知る者の一人として自分も、少なくとも「これから40年先」を見据え、例えば崩壊した東ドイツのシュタージのように同権力犯罪が公けになったとき、恥ずかしくないよう、どんな妨害、拷問、嫌がらせに遭おうと告発を続け、被害者の苦しみが減る日が一日も早く来るよう努力を続けたい。

人類がまた愚かな歴史を繰り返さないためにも。

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焚書坑儒の歴史 《復興篇》

 
【Database】

 昭和22年秋、後に小学校校長になった中村蕃男剣友が来宅したので、戦後2年ぶりで自宅前の稲荷神社境内の土間で2人だけで稽古をしようと防具を取りだしたところ、防具のなかはネズミの巣になっていて驚いた。 ・・・
 昭和24年、現在の京浜急行の花月園駅前に・・道場32坪、家屋20坪を建設した。・・道場は至誠館道場と命名した。
至誠館道場は戦後の道場設立の第一号で、東京からは中山博道先生をはじめとして小野十全、柴田万作、高野孫三郎、羽賀準一先生ほか5,6名、横浜からは横松勝三郎、小野政藏、小野乙三郎、小中沢辰男、高野武諸先生にご来場いただき、そのほか横須賀、平塚などからも多数おいでになり、盛況であった。
 その翌年には・・神奈川県地区で戦後はじめての剣道大会を開催し、諸先生のご協力で盛会に終わった。(p.196-197)

 日本刀は単なる実用品ではない。日本人にとっては魂であり霊器である。単なる物斬り包丁ではない。一言でいうならばそれは「魂を磨く霊器」なのである。(p.23)

中村泰三郎『日本刀精神と抜刀道』

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遺書

伝統ハ神秘ニシテ偉大ナリ。而シテ之レハ吾人ノ心ノ中ニアリ。伝統ソノモノハ何ラノ力ヲ有スルナシ、吾人ノ心中ニ躍動セシメテ初メテ驚クベキ力ヲ発揮ス。廉恥ナキ者ニ伝統ハ無価値ナリ

陸士五十六期 白井又祐

(p.96) 『あかねぐも 第一集 =原町飛行場関係戦没者の記録=』


【Case Study】

 銃剣道や抜刀道のような、より実践的武道が危険に思われてるのは戦後GHQが日本人にかけたマインドコントロール「WGIP」の影響でしょう。私が留学中、アメリカ人学生のなかには女の子でも拳銃射撃を週末のレジャーにしてるのもいたくらいですから、アメリカ人にとっては刀などかわいいもの。それを日本人の間にだけ危険視させるのは、日本人の誇りを奪い心を弱くさせ二度とアメリカ人と対等に戦おうなどと思わせない、弱い奴隷民族にするためにほかならないでしょう。

そういえばボランティア活動で1年間滞在したスリランカでも似たような話を聞きました。スリランカにも古武術があったそうですがイギリス人に侵略され奴隷にされた後、スリランカ人が反抗的になるのを恐れたイギリス人によって禁止され廃れたのだそうです。私が滞在中、ようやくその復活の試みが行われていました。

さて日本の武士道を体現する剣道もまた目の敵にされ、早くから武道精神は骨抜きにされ完全にスポーツ化し、現代の剣道選手の多くは、ただの竹棒の叩き合い大会で満足するまでに成り下がってしまったようです。だからこそあまり「弾圧」されることはないようで、そのぶん剣道をやっている人の中でさえ銃剣道や抜刀道のような、より実践的武道を危険視するようにマインドコントロールされている者が多いようです。また、ただのスポーツ剣道なら心の正しさなどはどうでもいいので、他人のプライバシーを窃盗し、偶然を装いながら、つきまといや、嫌がらせ、妨害、侮辱などをしておきながら「そんなことはしていない。偶然だ。」と嘘を吐いて逃げることも、さらに一人を相手に集団で痛めつける卑怯な行いも平気なようです。まさに武士道の真逆を行ってます。だって、武士がそんな恥ずかしいことやってたら直ちに切腹ものでしょう(笑)

先日Fukushimaの道場でも、剣道の稽古をしている団体がいて、私がかなり離れたところで居合の稽古をやろうとしたら、剣道の指導員がものすごい剣幕でやってきて、距離的に接触するわけもないのに「万が一がある。居合はやっちゃだめだ。」とわめいていました。しまいには、こちらは模擬刀で稽古してるのに「真剣を使ってる」などと生徒らに出鱈目まで言い、いかにも危険なイメージを植え付けようと必死のようでした。自分は居合ができない嫉妬もあるのではないかと思いますが(笑)。同じ道場でもうひとつ剣道の団体がいるのですが、そちらの指導員は居合も抜けるので、このようなチンピラの言いがかりみたいなことは言わないようですから。

ちなみにこの指導員、いい歳してよく集団ストーカーをやっています。「指導者」がこんなですからその生徒や保護者もよく集団ストーカーをやっています。こうして次々に人心を荒廃させ、武道家同士で足の引っ張り合いをさせて日本の武道をダメにし、「意味のないスポーツ」にすることがアメリカ人支配者の狙いだったことがよくわかる戦後の歴史の縮図を見たような気になりました。

さて、自分が何かを習っている「指導者」がこのような人間だった場合どうすべきか、皆さんも是非考えてみるのはいかがかと思います。ただ、よくある「さっさと辞めればいい」という答えは早計な気がします。今やスポーツや趣味の団体だけでなく、職場から学校までありとあらゆる場に集団ストーカーが蔓延しているからです。

例えば東京は芝浦にある某電機会社は本邦屈指の歴史ある大企業でしたが、今や見るも無残に没落してしまいました。内部事情に詳しい方のお話によると、今までなら到底、役員になれなかったような低人格の輩がトップに居座ったのがその原因だそうです。しかも自分らが役員になるためには非常に汚いことをしてライバルを嵌め、蹴落としていたとのことで、すぐに集団ストーカーの手口だなとピンときました。ちなみに思考解読機を開発・生産しているメーカーのひとつがこの会社で、当ブログでも取り上げていますが、義侠心ある社員による内部告発文書はつとに有名です。

この告発をなさった社員が武道をたしなんでおられたかどうか定かではありませんが、上掲データの終戦当時、全アジア侵略を果たし日本人をも征服した英米人が日本の武道の何を恐れたかが、そこに隠されているように思われます。すなわち、西洋人が生み出した集団ストーカーなる権力犯罪は「そんなものは存在しない」という真っ赤な嘘を吐き続けることでしか力を持てませんから、その嘘を暴かれ、人びとを従わせる力を失うのが最も恐ろしいわけです。

だからこそ、集団ストーカーの汚い手口を告発する正義感の強い勇者をそれこそ集団で迫害し抹殺しようと彼らは必死になるのですが、それでも自らの生活や生命をなげうつことを恐れず、世の為、人の為に自己を犠牲にできる優れた人格の形成が武士道にあります。思うにこれは武士道こそが「いかに無益な殺し合いを無くせるか」を探求していたからではないでしょうか。それは当然「なぜ人は殺し合いをするのか」の追求につながり、詰まる原因は人の心に巣食う欲、怒り、愚かさだという仏教の三毒の教えにも通じます。この心の穢れを避け、高い人格を身に着ける努力が、そのまま無益な殺し合いを避ける努力につながると悟ったのが、活人剣などとも称せられる真の武士道ではないかと思います。また「武士に二言はない」、に代表されるように武士は「嘘をつく」ことを最も恥ずかしい行為のひとつとして戒めましたが、このような理念というか人格形成の「道」を追求するのは武道ならでは、といえそうです。

いっぽう「白人はアジア人などより人格も優れている」と洗脳されている皆様には信じられないでしょうが、西洋人の多くは自分が人より上だと思うために、他者を見下しています。それを表には出さないので騙されやすいだけのことです。もともと西洋人が編み出した集団ストーカー犯罪にしても、被害者を自分と同じ人間と見ないからこそ、あのような最低の卑劣な行為ができ、被害者を自殺させるまでしても嘘を吐いてトボケられるわけです。

語幣なきよう申しあげておきたいのは、アメリカ人のなかにも心ある人はいます。ウソで成り立っているこの社会を看破り、COINTELPRO(集団ストーカー)犯罪をやるような恥ずかしい人間になったらおしまいだと、ちゃんと気づいている人もいます。ユーチューブのCOINTELPRO関連の動画のコメント欄に、「Everything is fake in this world!」と、心の叫びのような感想が書き込まれていたのを見たこともあります。ただし残念ながら、このように優れた洞察力と人格を具えた人はアメリカ人社会では少数派であることは否めません。

ちなみに幕末、日本を訪れた西洋人が武士の決闘を目撃して最も驚いたのは、決着がつくと、ついさっきまで「殺し合い」をしていたのに、倒れた相手に蓆をかけてやって、手を合わせ、ねんごろに弔う武士の姿だったそうです。剣道でも試合前に蹲踞するように、敵にたいしても同じ人間として敬意を示すことは武道では当たり前のことですが、白人には、そこまで高尚な人格の形成は理解しがいものであることを端的に物語るお話ですね。

そこで武道を習うにしても、あるいは別に武道ではなく、日々の仕事や学校で勉強をするにしても、その努力をすべて「自分の人格を高める勝負」にしてしまえば、集団ストーカーという社会問題の解決の糸口も見つかるのではないかと思います。どんなに汚い人間が指導者や上司だったとしても、それを他人のふり見て我がふり直すための反面教師として利用すれば、むしろ彼らが低人格なほど、自分の人格の高さに自信がついていいのではないでしょうか(笑)。ちなみに、このように自信を付けさす目的で絡ませる楽勝な相手のことを、闘犬界では「かませ犬」というそうです(笑)が、冗談はさておき皆様も自分の師を超え、人類最高の人格を目指して毎日切磋琢磨すれば、どんな社会にあろうと健全な努力を続けられることと確信いたします。

そしてこれこそ先人があの大戦で自らの命を犠牲にしてまでも守り伝えたかった「道」であり、それを絶やさず歩み続けることが後世の我々に託された使命かと存じます。


本阿弥光遜 『近代戦と日本刀』

【Database】
Hon'ami, K. (1943). Kindaisen to nihontō. Tōkyō: Genkōsha.


[大東亜戦争中]我が空軍の為めに撃墜の憂き目に逢ひ、命からゞ落下傘で逃げ出して海中に墜落しゴムの救命ボートを開いて逃げ廻つてゐた敵の飛行士を我が軍で捕虜にしたところが、此奴は驚くべし、不時着用備品を六十何種類も持つて居り、その中には花柳病の予防具[*コンドーム]まであつたといふ。事こゝに至つて、骨の髄まで物質文明の害毒が滲み徹つてゐる彼等米英の白人輩の醜さには全く呆れ果てたと我が報道部員の前線通信にも見えてゐるが、そんな奴等に、落下傘も持たず[まさかの場合、自害する覚悟で]日本刀だけを持つて飛ぶ我が空の勇士の、日本人独特の絶対的境地が判つてたまるものではない。(p.46)


【Case Study】
ご覧のとおり、日本軍と交戦した米英のパイロットらは、不時着したときに備えコンドームを用意していた。この事実からも、彼らが、なんのために、はるばるアジアまでやってきて戦争をしていたかが、うかがえる。実際、終戦後、米兵が上陸した横須賀では、上陸初日の1日だけで、警察に届けられただけでも100件近く(正確な数は江藤淳氏の研究など参照を)の強姦犯罪を起こしている。

なお、このように女性の身の安全に重大な危機もたらした歴史事実さえ知らない日本人が多いのは、アメリカ人支配者(GHQ)の厳しい言論弾圧により、米兵が犯した強姦事件は一切、報道が禁じられたためである。なかには日本人女性を守るために敢えて米兵による強姦犯罪を報道した新聞社があったが、直ちに発行を差し押さえられ廃業させらている。そしてその弾圧の事実すら、また隠蔽され闇に葬られた。

ところでアメリカ人等による集団マインドコントロールは、従来の戦争にとって代わって彼らの欲望を達成するべく、その技術開発が進められてきた。ならば、日本人に対する集団マインドコントロールの目的のひとつに「白人男性の性欲処理用の道具とすべく、日本人女性を白人に憧れさせるよう集団マインドコントロールする」ことが含まれていても、驚くに値しないだろう。

そして斯様に卑猥な欲望をひた隠しにしつつ、目的を遂げたいアメリカ人等にとって、上記の如き図書は甚だ不都合だったに違いない。よって、これらの戦前の図書をアメリカ人支配者たちが戦後、厳しく検閲し焚書したのも頷ける


人の思考を制するものが世界を制する。 歴史的に見れば、戦争とは領土争いに尽きるものだったが、未来における戦争は、人びとの心の争奪戦になるのかもしれない。(米陸軍アレクサンダー大佐)

http://gangstalking-crime-databease.blogspot.jp/2011/08/thats-impossible6-4history-channel.html

続 アメリカ人による焚書坑儒の歴史 


【Database】

(戦後)私は福島区で原爆展をやるという運動に加わっていた。そこに公安の者が来てこう言った。「占領下で原爆展やるいうのはアメリカ人に対する挑発です。どうしてもやるなら、あんたらをウィロビー少将覚書違反で逮捕することになる。井形さん、あんたも特高におったんやからわかるでしょう。それを覚悟でやるんですか」。GHQは、日本の民主化を進めるためにいたはずだが、一面で占領政策に都合の悪いことは厳しく取締った。・・・結局、その時は原爆展を開くことはできなかった。
 井形正寿『「特高」経験者として伝えたいこと』

警察庁では、「Aがダメだといっている」の一言で[事件の捜査は中止され]捜査本部が一瞬で消える…「A」というのは、アメリカ大使館のことを指す、警察庁の隠語です。
 苫米地英人『洗脳支配』


【Case Study】
 
さて6月15日水曜、野毛山にある横浜市中央図書館へ行って戦前の書籍を閲覧していたところ、昭和十年発行の以下の本の、ある章だけがまるごと引きちぎられて紛失していました。

前田稔靖 著 『日本刀物語』 九大日本刀硏究會, 1935

という本なのですが、GHQアメリカ人による日本人への思想統制(つまり集団マインドコントロール)が具体的にどう行われたかの手がかりを探すべく本を開くと、目次にあった「日本精神と日本刀」という章題に目が留まりました。早速ページをめくったのですがしかし、なぜかみつかりません。そのかわり同書第7ページから12ページまで引きちぎられた跡があって、もう一度目次を確認すると実はこのなくなっている範囲がまるまる「日本精神と日本刀」という章にあたる部分でした。

アメリカ人が日本人に対して行った焚書坑儒や集団マインドコントロールの歴史を考えると、当該「日本精神と日本刀」の章だけが盗まれているのは偶然とは思えず、いったい何が書かれていたのか益々気になったのでした。

また、犯人はもちろん日本語が堪能な者でしょうから、戦前は特高警察として、また戦後はアメリカ人支配者の手先として思想統制(集団マインドコントロール)と言論弾圧を実行した公安警察の連中の犯行かなあなどと想像してみた次第です。

アメリカ人による焚書坑儒の歴史

 
【Database】
日本人は「属国」という言葉を嫌いますが、アメリカから見れば、日本はアメリカの若者の血で勝ち取った領土ですから、「属国」でしかありません。アメリカの議員たちは、日本を「属国」だと思っています。
苫米地英人『原発洗脳』

【Case Study】
1945年、アメリカ人が日本国土の軍事侵略を完了した際、征服された日本人に対しWGIPと呼ばれる洗脳政策が開始され、「日本人=悪」「アメリカ人=正義」という妄想の刷り込みが今日に至るまで行われてきたことは歴史をよく勉強されている方はご周知のことと思います。ところで敗戦当時、文字どおりの焚書坑儒がアメリカ人によって行われていたことはご存知だったでしょうか。

 たとえば以下は私がアメリカの大学に留学中、大学図書館でアメリカ人侵略者が日本から持ち帰った戦前発行の日本語書籍からの引用なのですが、この本も日本ではアメリカ人支配者によって焚書されたため、目にすることは、できないそうです。


杉山 平助『支那と支那人と日本』改造社 1938年
(注:旧漢字はタイピングの都合上、常用漢字に改めさせていただきました)


これまでの日本の一般民衆のやうに、支那人を頭ごなしにチヤンコロと軽蔑してゐたのも間ちがつてゐる。しかし日本の知識階級は(その中には私自身も含めて)これまで、いさゝか支那人を買ひ被りすぎてゐたことも、ソロヽ気がつかなければなるまい。(p.24)
有史以来、国を失ふこと両三度、そのたびに体面も誇りも、泥にまみれ、散々に汚され、踏みにぢられた苦々しい記憶を、いつぱい背負ひこんでゐるところの子孫なのである。・・かくて、彼等は、性格のどこかに・・ネヂケて、ヒガンで、陰性で、被虐的で、二筋縄や三筋縄ではいかない厄介なシロモノになつてしまつたのだ・・我々の畏敬する古代支那人と、今の支那人は似ても似つかないものなのである。(p.27)
(支那人の)自尊心の強烈なることは、実に驚歎するよりほ外はない・・彼等は、あれだけ(日本軍に)散々に叩きのめされた今日でも、心の奥底では頑として、自分たちは日本などより比較にならん優秀なものだと、心得切つてゐるのである。そして・・その表面的恭順さにもかゝはらず、内心では日本人を軽蔑し切つてゐるのだ。
もちろん、この自惚れの由来するところは、遠くて且つ久しい。自ら中華と号して、外国をすべて夷狄と見る伝統が、驚くべき隅々にまで行きわたつてゐる。そして、それに何等の客観的根拠もないことは、すこしも彼等には苦にはならないらしい。(p.28) 陰謀術策及び宣伝の天才としての支那人については、よく知れ渡つてゐる。正直で、気短かで、思つてゐることを直ぐ顔に出してしまふやうな陽性な日本人が、無限に気が長くて、口で云ふことゝ腹の中とはいつも違つてゐる、陰性な支那人に対し、陰謀なんかで争つて勝てるわけはないのである・・彼等が自ら賢しとして己惚れてゐる優越感は、多少その辺からも来てゐるのである。
しかし陰謀はつひに陰謀だ。頽廃した知的遊戯にすぎない。いつたい陰謀術数なんぞの巧妙な人間に、本当の意味で頭脳のいゝものがあるわけがない。

   彼等は何を見ても、これを遊戯化し、最も低い意味において功利化してしまふ。おそらく支那人には、日本人のいふ気合ひといふものが、絶対にわからないにちがひない。彼等は古来の各種の武術さへ、軽業のやうに遊戯化して、真剣といふ意識を完全に喪失してしまつてゐる。(p.31-32)
   
   支那人は、口を開けば、日本には固有の文化がなく、すべては模倣だと云つて軽蔑し、自分たちの祖先伝来の文化を鼻にかけるのが常だ。しかし、彼らの御自慢の文化なるものは、すでに何千年も前の人の残した糟粕にすぎない。それは現代の彼等とは、何等かゝはりもなく、彼等自身は、何一つ誇るべきものを生み出してゐないといふことを、反省し得ないのだ。いつたい支那人は・・文において劣るのを、甚しい恥辱とする。(p.32)
陰性な性格の頑強さでは、支那人は無比の力を具へてゐる・・支那人のさうした性格の頑固さには、積極的な能動性が附随せず、従つてたいした危険もないのだから、知らん顔して放つておけばいゝのである。(p.38)

或る英国人で、祖父の時代から三代続いて支那で商売を営んでゐるものが、かく語つた。「・・支那人といふものは、他人と協同の仕事なんぞ絶対に出来る人種でないといふことを、我々は長い経験によつて、知らされ抜いてゐるから、決してそんな計画を立てたことがない。しかるに日本人は、いつまでもお人よしな夢を見つゝ゛けてゐるのであろう。」
支那人など、人間と思ふな、豚だと思へ、といへば如何にも乱暴非人道に聞えるが、英国人や米国人は、事実其通りに考へ、その通り実行してゐる。そして日本人よりはるかに多くの尊敬を支那人からあつめてゐるのだ。現在米国でキイキイ声をあげてゐる平和主義婦人の支那同情者など、夢にも支那人を豚以上に考へてゐやしない。私は、その通りにやれといふのではない。ただ、さういふ事実を認識してかゝれ、といふのである。(p.38-39)

 南京から避難民が逃げ出す時は、たいがい英国の汽船に乗つて逃げたのである。それが非常な狼狽で、もはや甲板にのり切れないほど乗つてしまつても、なほ後からつめかけて、無理に乗ろうとする。それを、英国人の船員は、殴りつけ・・多くの支那人は河の中へはまりこんで溺れて行く。これが日本の船員なら、驚いて、縄を投げたり、ブイをほうつたり大騒ぎするところであるが、英人の舟は、知らん顔をしてサッサと出してしまふ。彼等は支那人といふものを、頭から人間扱ひにしていないからである。 それでゐて、支那政府は、英国と仲が好く、日本とは、こんな戦争をおつぱじめてしまつた。(p.340-341)
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cointelpro mk ultra

Author:cointelpro mk ultra
The writer of 『拝啓 日本のギャングストーカー犯罪者の皆様』(Dear COINTELPRO Criminals) <集団ストーカーの死> (The Death of COINTELPRO Stalkers), and "Unprecedented Human Rights Violation" Discussion Room / Study Room. Also a co-editor of 「新しいタイプの人権侵害・暴力」(Unprecedented Human Rights Violation)

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