『非情城市』~暴力を振るう権力犯罪者に「非暴力」で

以前、『MIND CONTROL機 拷問被害のTV報道 ~中国、台湾の主要メディアで相次ぐマインドコントロール用凶器の告発報道』のJune 12, 2012 コメント欄に次のように書きました。

「ハイテク凶器も使ったCOINTELPRO(集団ストーカー)犯罪はアメリカに端を発し、今や世界で同時進行している。この「権力犯罪」を告発するためには大変な身の危険が伴う。だからこそ、そこの臆病な皆さんがたは何もせず、ただ見て見ぬフリをしているわけだが、その大犯罪の公式な告発を、南海の小さな島国の台湾人がやってのけたのだから驚かずにいられようか。林瑞雄名誉教授のこの義侠心ある言動は、まさにサムライを彷彿させる。」

「僻地にあるからこそ守られてきたものというのも、この世にはある。」

それから5年たちFUKUSHIMAの図書館で名画『非情城市』のDVDに出会い、鑑賞する機会を得ました。そこで現代の台湾人勇士が世界の国民に先駆けてCOINTELPRO犯罪に公けに、しかも陰湿な暴力を振るう権力犯罪者に対し「非暴力的」な手段で立ち向かっている理由がもうひとつ解った気がしました。それは台湾人がアジア人の中では最も早く白色テロ(権力者が市民を暗殺・虐殺・迫害する官製テロ)を経験していたという歴史事実です。

外省人、本省人といっても同じシナ民族同士が憎み合い、報復しあい、血で血を洗う殺し合いを繰り返すことに何の進歩も発展もないことを多大な犠牲を払って、アジア人のなかで戦後いち早く知った台湾の人たち。『非情城市』の中では、それが見事に描き出されていて特に二二八事件発生を受け、次々に病院へ担ぎ込まれる重症患者を、病院長が暴徒に襲われた権力犯罪者側の人間も含め、分け隔てなく治療し、病院の入り口まで押しかけて権力犯罪者に追い打ちをかけようとする同じ本省人に、「ここは病院だ。暴力はやめてくれ」と体を張って制止するシーンは秀逸だと思います。この世代の台湾人医師は当然、戦前戦中の日本人から教育を受け日本人医師から医学を学んで医者になったことを忘れてはならないでしょう。

かつて日本人医師にはこんな軍医がいました。

この詩「どこかに不幸な人がいたら」を作った人は、グアム島の戦犯収容所で、絞首刑になって死んだ上野千里という人である。元海軍軍医中佐で、四十歳で刑死した。落下傘で降下した米軍操縦士の傷を手術中に「殺せ」という命令を受けたかれは、これを拒否してなおも手術を続行している最中に爆撃を受け、一時退避して再び取って返したとき、その米兵は何者かに刺殺されていた。その責任を問われ、絞首刑となったのである。 かれは無実であった。上官の罪を背負い、部下の罪を引っ被って刑死したのである。(p.229) 紀野一義 『維摩経』

いっぽう大陸中国人支配者の暴虐に対し本省人はただ怯え服従したわけではありません。権力犯罪者から同胞を守るために逮捕・処刑を覚悟のうえで出版などを通して抗議・批判を続けた勇士も実際、少なくありませんでした。『非情城市』でもそのような正義感あふれる若者が捕らえられ、留置処から処刑場へ向かうシーンがあります。自らの死を目の前にして動ずることなく毅然と留置部屋を出ていく姿が描かれていますが、映画内でもそこに、かつての日本人の死を恐れない武士道精神が重ねあわされています。『非情城市』の侯隆賢監督は東京でのインタビューで「蒋経国の死で戒厳令が解かれなかったら、この映画は撮れなかっただろう」と述べていますが、やはり戒厳令下でも死を恐れずに権力犯罪者へ抗議を続け、同胞の為に捨て石となった義侠心ある勇士がいたからこそ、戒厳令解除後すぐにこの名画が世に出ることができたのだろうと思います。

また映画終盤で、自分の家族を騙し官憲の拷問に遭わせた上海やくざが再び、ひょっこり現われ、便所でいっしょになり、家族の男が「惨めに死ぬぞ!」(字幕ママ)と怒りをぶつけるシーンがあります。もう少し、こなれた日本語で言えば「ろくな死に方しないぞ」とか古い表現なら「畳の上で死ねないぞ」とか「死ぬとき往生際が悪い(苦しみながら死ぬ。安らかに死ねない)ぞ」といったところでしょうか。これは人は今の肉体が死んだら終わりではなく、来世へ続くことを知っているから出てくるセリフですね。もちろん人を欺き悪を為す者は地獄へ赴くことも知ってのセリフでしょう。現在も仏教や先祖を大切にしている台湾人らしい一コマだと思います。

『非情城市』は昭和20年8月15日の玉音放送を台湾人家族が家で先祖を祭る祭壇を拝みながらラジオで聞いているシーンで始まります。この日を境に日本人はアメリカ人によるWar Guilt Information Program やCOINTEL Program (COINTELPRO)などのマインドコントロールにかかり、権力犯罪者の奴隷となりました。なかでも都会に多い臆病な日本人はストックホルム症候群の生きた標本のようにアメリカ人を崇拝し、服従し、果てには集団ストーカーのごとき卑怯で卑劣で変態な「白色テロ」に恥もなく与するまでに落ちぶれる者が東京のような都会を中心に多数となりました。

そんな我々が「僻地」台湾の先達から学ぶべきことは尽きないと実感しました。

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cointelpro mk ultra

Author:cointelpro mk ultra
The writer of 『拝啓 日本のギャングストーカー犯罪者の皆様』(Dear COINTELPRO Criminals) <集団ストーカーの死> (The Death of COINTELPRO Stalkers), and "Unprecedented Human Rights Violation" Discussion Room / Study Room. Also a co-editor of 「新しいタイプの人権侵害・暴力」(Unprecedented Human Rights Violation)

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